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自分助けの「思い出」

ACカウンセラーmichikoでございます。
訪問くださり大変ありがとうござます。



バスに乗り込みしばらくして気付きました。
うっかり普段使いのマフラーを巻いて出てきてしまった

考えごとをしていて、
マフラーへの注意が完全に欠落しておりました
慌てていたわけではないのに
いつもなら靴を履く前に鏡の前で確認するのに

よりによって、今日は長丁場
やだなあ、一日これで過ごさなければなりません

後悔と自分へのいら立ち
ゆううつな気分

頭の中は、ネガティブな考えでいっぱいです。
軽くため息までついて

気落ちしながら
窓の外をぼんやり眺めていると、

視線の先に
お揃いの帽子をかぶった保育園児の列が。

きっと近くの公園に遊びに行くのでしょう。
三歳前後と思われる子どもたちは、
あっちを向いたりこっちを向いたり、
しゃがんでみたり立ち止まってみたり。

わあ、可愛い

少し、気持ちが和みました

毎日お世話をする方は大変ですが、
人間に限らず生き物の子どものあどけない表情や仕草は、
周囲を幸せな気持ち
してくれるように思います

そうでした

ちょっと気落ちした時に、
私の場合はこれが使えるのでした

それは、
娘たちが幼い頃の「思い出」に浸ることです。

娘たちの思い出メニューは、
細々沢山ございます。

例えばお手紙の巻。

彼女たちはよくお手紙をくれました

長女がどうぞと初めてくれたものは、
青いクレヨンで丸を描いた、
曰くドラえもんの絵
お絵かきが得意になってから次女がくれた主人の絵は、
特徴を捉えていて面白かった

文字を覚え始めると
何でもわざわざお手紙にして持ってきて、
文字未満の不思議な記号を
解読することも楽しかった

「思い出」に浸っているうちに、
いつの間にか
口角が上がっていることに気付きました。

先程までの嫌な気分は大幅に縮小され、
穏やかな気持ちになっておりました。



こんな風に、
ネガティブな気分を何とかするために、
過去に癒されたことや嬉しかったことを思い出すことは、
「認知的コーピング」といわれます。

頭の中で思い浮かべる(=認知
自分助け(=コーピング

思い出の他、
空想や想像、イメージなども
「認知的コーピング」にあたり、
お金も掛からず
いつでもどこでも使うことができますので
大変便利なのです

私もいくつか用意していますので
日頃よく活用しております。

「思い出」といっても大きなイベントである必要はなく、
逆に日常のちょっとしたことを
そして一つのエピソードを
細かく分けることをおすすめします。

分けることでリアルに想起しやすく、
また、量が増えますので、
組み合わせのバリエーションも広がるからです

そう言えば
「傑作」をいくつか箱に保存してあるはず
今日は遅くなるけれど、
明日にでもあの箱を引っ張り出してみよう

引っ張り出してその手紙を眺めたり、
写メを撮って後日それを眺めたりすると、
それは「行動的コーピング」となります。

「行動的コーピング」は、
頭の中だけで対応するのではなく、
何らかのモノや行動を伴いますので、
気持ちの切り替えは早く出来るかもしれません。

ただし用いるためには
一定の条件
(この場合は、手紙が目の前に存在していること、
手紙を出して眺める場所や時間、
写メならスマートフォン)
が揃わなければ叶いません

となると、使い勝手は
「認知的コーピング」の方が良さそうです

今年も残すところあとわずかとなりました。
一年を振り返ると、
「認知的コーピング」に使えそうなことが
いくつか出てまいりました
忘れないように記録しておこう

困ったときに、
私を助けるため
取り出して使えるように

上手に使えれば、
来年もきっと楽に生きられるはず






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ありがとうございました

「母」の死

ACカウンセラーmichikoでございます。
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夏の終わりに、
主人と二人で、
ささやかな旅行に出かけました
新婚旅行以来、初めての飛行機。
窓から見えた富士山の
気高く荘厳な姿は忘れられません。

現地では日常を忘れて観光し、
文化に触れたり、
初めて頂く食べ物に感激したり

限られた時間ではありましたが楽しかった。

夢の時間を終えて
羽田に到着したその時に

一本の電話が入りました。



母が亡くなったという知らせでした。


知らせは
母と同居していた兄からではありません。

詳細は割愛しますが、
第三者の方からの連絡でした。

一般的には
批判を受けることなのだと思いますが、
私は、母や兄とは「距離」をとっての生活が長く、
文字通り二人との関係を断っています。

昨年父を亡くしたとき
危篤を知らせてくださったのも
死を知らせてくださったのも、
父が入所していた施設の職員の方でした。
そのおかげで私は、
父と最期のお別れをすることが叶ったのでした。

そうした状況でも、
母や兄から連絡がくることはなく
そもそも望んでおりませんので、
こちらから彼らに連絡することもしませんでした。

こうしたことは、
私自身が、自分を守るために
必要なことだったと思っています。

知らせを受けた羽田から
親戚にその通り伝えることはしましたが、

父の時とは何かが違うように感じ、
親しい友人に知らせることは控えました。

罰当たりかも知れませんが、
「実の母親が亡くなった」
という実感が私にはなく
「顔見知りの方が亡くなったそうです」
そんな感覚に近かったのです。

当日も、数日が経ってからも、
特別な感情が湧く気配はありません。

自分が冷酷な人間のように思えました。

全く動揺しなかったと言ったら
嘘になるかもしれません。
けれども、
父の死の時のような情動が
沸き起こる気配はなかったのです。

娘として、
また亡くなった母から見ても、
これはとても寂しいことなのだと思います。

多分私は数年かけて、
母に対して
情緒的な繋がりを期待すること一切を、
諦めようとしていたからなのかも知れません。

それは、
自分を守るために
必要で重要なことでもありました。

私はずっとずうっと長いこと、
20歳代30歳代の大人になってもなお、
母に愛情を注いで欲しいと、
承認して欲しいと、
そう願い続けました。

見苦しいまでにそれらを求め、
そのために
多大な時間とエネルギーを費やし
けれども何でもない振りをし続け

そうしていなければ
自分に価値はないのだからと思い込み
心身はへとへとでした。

母の注意関心はいつも兄に向いていて、
実は私を嫌悪していたという事実を認めることが、
どうしても私にはできなくて、

いつかはきっと私にも、
本当はきっと私の方が、

叶うことのない
「幻想」にしがみついていたのです。

子どもを持つようになってより一層、
「娘を愛せないはずはない」
その思いは強化されました。

しがみついて
何とかこちらに関心を向けてもらおうと
私を切り捨てずにいてもらおうと
必死にもがいていたあの頃は、
本当に苦しかった。

数年かけて、諦めようとした結果、
今ではその幻想も
10分の一程にはなっている感覚です。

10分の九の余裕ができたことで、

母にもきっと
抱えていた問題があったであろうことや、
その背景や心情を想像することができるように

・・・少しはなったのかなあ、と感じます。

それは理屈や正論や理想などでは決してなく、
無理して見栄を張ったり
解った風に格好をつけているわけでもなく、

ざっくりとではありますが、

解ってあげられそうな部分が、
ようやく見えてきたような気がします。

そして
数年ぶりで叶った小さな旅行を
私が無事に終えるまで
母が何とか頑張ってくれたことは、
もしかしたら、

10分の一残った「幻想」なのかもしれませんが、

母からのささやかな
気持ちであるようにも

思えるのです。





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プロフィール

michiko

Author:michiko
ACカウンセラー
精神保健福祉士(ハラスメント通報窓口相談員)
東京認知行動療法アカデミー認定カウンセラー

ホームページはこちら

 http://ac-counseling.net


 
・人にものを頼むことが苦手
・人の依頼や誘いを断ることが苦手
・主張するより周りに合わせる方を選ぶ
・自分が我慢する方がいい
・「こうしてくれればいいのに」といつも思うがうまく言えない
・自分の気持ちを汲んで欲しいのに、と強く思うことが多い
・そもそも自分がどうしたいのかよくわからない
・人を助けているうちに、自分が困った事態になっている
・困っていても自力で何とかしようとする
・仕事を一人で抱え込みやすい
・見捨てられるのが怖くて恋愛関係にまで踏み込めない
・恋人に対して必要以上に依存している、または支配していると思う
・誰も自分のことなど関心がないと思う
・周りの期待通りにしなければと思う
・もっと頑張らなければいけないと思う
・いつか裏切られるような気がする
・いつも不安で仕方ない
・相手の機嫌を自分が何とかしなければと思う
・相手の問題を本人以上にあれこれ考え世話をして疲れてしまう
・不機嫌な人がいると自分のせいではないかと思ってしまう
・怒りの感情を出さないので、よく「いい人」と言われる
・自分は楽しんではいけないと思う
・自分のためにお金や時間を使うことに罪悪感がある

 以上のことをこれまでの人生で繰り返してきた
 michiko

私はアダルトチルドレンです。生きづらさを抱えたまま大人になってしまいましたが、試行錯誤の末、今ではこれまでよりずっと楽に生きていると実感しています。
このブログが、少しでも楽に生きられるヒントとなれば嬉しいです。
カウンセリングでは、じっくりご一緒に考えてゆきたいと思っています。

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