劣等感から踏み出す一歩

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消極的な私はダメな子なんだ

引っ込み思案だった私は、
子どものころ、ずっとそう思っていました。

弱いことを嫌う母が、
5歳離れた兄を可愛がるのは当然なのだと思いました。

少年野球のチームでピッチャーをしていた兄は、活発で積極的
身体も大きく私にはいつも命令口調、近寄り難く恐かった。

クラスには、兄と同じ野球チームに入っている男子もいました。
「お前の兄ちゃんうまいんだぜー」と言ってきたり、
私を「センパイ!」と呼んでからかったり

私は注目されてしまうことがとにかく苦手な上、
兄と私の「格差」を皆にさらされているようで、
それが泣きたいくらい苦痛でした。

実際私は泣き虫でしたから、
たったそれだけで目が潤んでしまうこともあり
そんなときには慌てて下を向くのですが、
「センパイすぐ泣いちゃうんだもん(笑)」
と顔をのぞき込まれてしまうことも。

たったこれくらいで泣くなんて
やっぱり私は弱いんだ
情けなくてみっともなくて、とうとう涙が溢れてしまい、
ますます自信を無くし、とらわれてゆく感情は
更なる劣等感でした

同じような体験が幾度となく繰り返され、
同じような感覚だけを拾い続けてしまった私は、
大人になってからもずっと、
こんなふうに思うようになりました。

自分という存在は、大した価値がない

褒めていただくことがあっても、
そんなはずはない、と心底否定しました。

どなたかと親しくなると、
弱くて価値がないということが知られてしまうのではないか、と怯えました。

そして否定することや、
あるいは怯えていることを隠すことに全神経をを使ってしまい、
くたくたになってしまうのです。

(´・_・`)

敵からの攻撃を恐れる本能から、
人は自分の足りない部分や弱い部分に、
どうしても意識を集中してしまいがちなのだそうです。

それは
安全で快適に生きてゆくために必要で大切なこと。
足りない部分を知っていれば、それを補うことができ、
弱い部分を分析すれば、対応策を打ち出すことができますから。

ただ、極端に、
「足りない・・・・」
「弱い・・・・」
という点にだけ注目してしまいますと、、
いわゆる劣等感自己否定感に発展し、
生きることが安全で快適ではなくなってしまうでしょう。

(´・_・`)


劣等感や自己否定感の根本にあるのは
自信の無さだと言われます。

確かに自分を信じることができれば、
そうした感情からは解放されそうです
自信が持てればいい。

けれども、当時の私には、
「自信を持つ」ことなんて、とてもとても出来なかった

自分を信じるなんてとんでもない
こんなに弱い自分なんて大っきらい


活発な子が羨ましかった。
愛されている子が羨ましかった。
消極的で愛されない自分は惨めで情けない
ダメに決まっている


せめて、せめて動き回っていなければ。
周りは何をもとめているのだろう、
母に評価されるために気を利かせて働かなければ。

それが更に自信を奪い、自らを否定する気持ちに追い込んでしまっていたのだと思います。

では、どうしていたらよかったのでしょう。

それはきっと、
感情を肯定的に受け止めることだったのだと思うのです。

比べられてるみたいで嫌なんだよね。
惨めで情けなく感じてるんだね。
自分のことが好きになれなくて辛いんだね。




周りのどなたかに、そう言っていただけていたら、
子どもの私はそこまで自分を嫌いにならずに済んでいたかもしれません。

でも、まだ間に合う。
子ども時代にはちょっと難しかったけれど、
今なら私自身がその「どなたか」になれる。

劣等感自己否定感
私の内側から湧き出た私の大切な感情

ひとまず、そのまま、
柔らかく受け止めてみることが、
「自信を持つ」ことにつながる初めの一歩
なのだと思うのです。



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マインドフルネス

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近所のスーパーに、つるりとした皮の美人なアボカドが。
家に帰って包丁を入れて割ってみると、
鮮やかなグリーンから中心に向けた優しい色合い。
美しい天然のグラデーション、本当に見事です
種に刃を当て、クリっと捻る。
いい感じ

皮をはがした肉質には適度な粘着があり、
切り分ける時も、もっちりとした独特の感覚がありました。
今日のは大当りです

わさびだけで頂くのが、主人は好物。
私はそこにほんの少しお醤油を垂らして・・・。

わさびが鼻から抜ける心地よい刺激、
クリーミーなアボカドの食感と舌にまとわりつく感じ。
美味しい
切り分けるところから口に含んでのどを通る感覚までを、
キッチンで立ったまま、丁寧にじっくり味わいました。

ちょっとビールを頂きつつ、
失礼してつまみ食いをしながら、
ゆっくりと料理できるこんな時間は幸せです

(*´v`)

地域精神保健福祉機構・コンボというNPO法人が発行する
「こころの元気+plus」という雑誌があります。
ご存知の方も多いかと思いますが、
メンタルヘルスについての当事者や専門家の方の記事を集めた月刊誌で、大変勉強になる一冊です。
この雑誌に、認知行動療法で有名な大野裕先生のコラムが連載中。
3月号は、「マインドフルネス」についてのお話でした。

「認知行動療法」というのは、
ストレスに対処する力をつけるための精神療法の一種なのですが、
うつや不安障害などに対する高い効果があることで知られています。
では「マインドフルネス」とは?
何やら聞き慣れないカタカナ用語ですが、
これは認知行動療法の技法の一つなのです。

大野先生はコラムの中で、マインドフルネスについて、
「現実のとらわれから解消されて、自分自身、そして自分のまわりに起きていることすべてにくまなく自分の心をいきわたらせること」
と述べてらっしゃいます。
そうすることで、
「自分という感覚を取り戻し、日常生活で発生する様々な問題に振り回されすぎなくてすむようになる」
のだそうです。

周囲に振り回されがちなACの方にとっても、
効果が期待できそうです

日常私たちが体験することは、その瞬間瞬間に色々な感覚や思いがあるにもかかわらず、
効率を求めるあまり時間に追われ先を急ぎ、
あるいは単に、そこに意識をおく習慣がないために、
ほとんど記憶に残ることなく、味わうこともなく、
ただ過ぎ去ってしまいます。

それって、もったいない。
そんな生活を続けていたら、
せっかくの豊かな感覚がどんどん鈍ってしまいそう。
主体的に能動的に、感覚を意識したほうが良さそうです。

先生は、「主体的に環境を受け入れる」ものとして
「茶の湯」をあげてもいらっしゃいました。
床の掛け軸やお花、菓子器や茶碗の質感・・・。
視覚、触覚、味覚を能動的に働かせる茶の湯は、
その作法を通して、自分の「感覚」が働くようになるというのです。

何年も茶道を学んできた私ですが、
他に気を取られすぎていたために、そう実感することが
ほとんどなかったことは残念でなりませんが、
本来、茶道とはそういうものなのかも知れません

茶道に限らず日本の伝統的な所作は、
そうした感覚を大切にしているように思います。

冒頭のアボカドにしても、単に洗って機械的に切り分ける作業をするだけでは、
あの美しい色合いやもっちりとした感覚を堪能できません。
例えば日常のそんな作業も、主体的に丁寧に味わうことで、
自分の感覚を取り戻す練習になるのだそうです。

ご自分の感覚を取り戻すことができたなら、
きっと今より自信がついて、
今よりずっと、生きやすくなれると思うのです


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心を亡くさないように

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このところ忙しくさせていただいており、
三週間以上もの間、更新が出来ずにおりました。
大きくペースダウンしてしまいましたが、
継続して発信させていただくつもりでございます。
引き続きよろしくお願いいたします。

・・さて、「忙しい」という言葉を使うことは、
いつもどこか引っかかりを感じます
やわらかく丁寧に生きたい私にとって、
これは良いイメージを持ちにくい言葉だからなのかも知れません。

りっしんべん(心)に「亡」で「忙しい」。
なんと、心が亡いという意味なんですね

ちょっとバタバタしてしまっていたのは事実ですから、
きっと私も、心が亡くなっていたんだろうなあ・・・。
(´・_・`)

ここでちょっと考えました。
「心が亡くなっている」ってどういうことなんでしょう?
まずは心って?

心=①精神活動の総称②思い③気持ち④意味・内容⑤おもむき・・・(三省堂辞書より)。

英訳でも色々な言葉が出てきて、何だか広くて深そうです。
ここでは一般的な、思いや気持ち、またはその感情の元となった考え、という意味でとらえることとします

どんなに「忙しく」していても、私たちは多分、色々なことをその瞬間に思っています。
これを「自動思考」と言うそうです。

例えば私は今朝洗濯物を干していたとき、
靴下やハンカチなどの小物がいつもより沢山あって、
「うわ、まだあるの!?」と思いました。
家族で桜を見に出かける予定でしたから、さっさと朝の家事を終わらせたいのに、
カサの割に手間の掛かる小物の多さに、ちょっとうんざりしていたのです。

出掛けにバッグに物を入れている時には、
ウエットティッシュやミニタオルや、お菓子や飲み物などなど、バタバタと詰め込みながらも、
その瞬間瞬間には、色々なことを思っていました。
ウエットティッシュ一つ手にした時だけでも、
「雨あがりで手が汚れるかもしれないから」
「これちょっと古いから乾燥しちゃってないかな」
「あ、まだ大丈夫ね、今日使い切っちゃおう」

思い返すと、結構色々な「心」(自動思考)があったことがわかります

どんなに忙しくしていても、きっと確かに心はあって、
常に色々なことを思いながら生きていたはず。

ですが、「忙しい」状態では、そのときに湧いて出た心=気持ちに、
十分な注意が払えずに過ぎてしまっていた。
「心」振り返る余裕を「亡くして」しまっていて、
頭の中は、自分のことではないことで一杯です。
これが長く続いてしまうと、身体も心も、疲労困憊してしまいそう。

大切なことは、そうした「忙しい」時でも
ちょっとだけご自身に関心を持つ
ということだと思うのです。
せめて、「今、気持ちに余裕がないなあ」と気付いておくこと

その時に湧いて出た心=気持ちに、
ほんの少し注意を払っておくことは、
自分の今の状態を知る大きな手掛かりになります。
今の状態を知らなければ、
自分がどうしたいのか、何を必要としているのか、
わかるはずなどないと思うのです。

そしてもう一つ、忘れてはならない大切な前提が。

「心が亡くなって」しまうほどいっぱいいっぱいだったのに、
こうして今日も生き延びている。
よく頑張ってる



桜は私の好きな五分咲きといったところでした
ついでに寄るのではなくて、桜を見るためだけに公園に出向くなんて、
この時期ならではの素敵な贅沢
バタバタと出かけたものですから、
充電中のスマートフォンを忘れてしまい、
写真を撮ることが出来なかったのですが、
その分「今」を楽しみました

沢山の「心」をもって


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プロフィール

michiko

Author:michiko
ACカウンセラー
精神保健福祉士(ハラスメント通報窓口相談員)
東京認知行動療法アカデミー認定カウンセラー

ホームページはこちら

 http://ac-counseling.net


 
・人にものを頼むことが苦手
・人の依頼や誘いを断ることが苦手
・主張するより周りに合わせる方を選ぶ
・自分が我慢する方がいい
・「こうしてくれればいいのに」といつも思うがうまく言えない
・自分の気持ちを汲んで欲しいのに、と強く思うことが多い
・そもそも自分がどうしたいのかよくわからない
・人を助けているうちに、自分が困った事態になっている
・困っていても自力で何とかしようとする
・仕事を一人で抱え込みやすい
・見捨てられるのが怖くて恋愛関係にまで踏み込めない
・恋人に対して必要以上に依存している、または支配していると思う
・誰も自分のことなど関心がないと思う
・周りの期待通りにしなければと思う
・もっと頑張らなければいけないと思う
・いつか裏切られるような気がする
・いつも不安で仕方ない
・相手の機嫌を自分が何とかしなければと思う
・相手の問題を本人以上にあれこれ考え世話をして疲れてしまう
・不機嫌な人がいると自分のせいではないかと思ってしまう
・怒りの感情を出さないので、よく「いい人」と言われる
・自分は楽しんではいけないと思う
・自分のためにお金や時間を使うことに罪悪感がある

 以上のことをこれまでの人生で繰り返してきた
 michiko

私はアダルトチルドレンです。生きづらさを抱えたまま大人になったけれど、今までよりずっと楽に生きています。楽に生きる方法を、カウンセリングを通じてお伝えしています。

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