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見えない傷

おはようございます。ACカウンセラーmichikoです。

    http://ac-counseling.net


訪問くださりありがとうございます


「michikoさん、親指が反ってらっしゃるのよ」
茶道の「家元」に通っていた頃、
指導教授にこう指摘されました。
何度注意されても直すことのできない私の右手親指について、
じっと観察くださった先生の言葉でした。
所作の美しさに厳しい流派でしたので、
不自然な「シナ」や「ソリ」を嫌いました。
指導は手指の角度にも及びます。
実に微妙な「ソリ」を見逃さない先生方は、
茶道における自然な「美」を追求された、
素晴らしい指導者なのだと思っています

ただ、私の「ソリ」には、理由がありました。
中途半端に指摘されることは、正直ちょっと辛かった。



ここ三日ほど、右手親指の古傷がとっても痛みます
関節なので、見た目には分かりませんが、
ペンを持っても力が入らないので、文字が上手く書けません。
洗濯ばさみやバインダークリップも、扱うのにひと苦労。
痛みが激しいときには、メガネを外すのにも痛みます。

気を付けていたのになあ。(´д⊂)

その日私は、バスルームの扉の溝のお掃除をしました。

ずっと気になっていたのですが、余裕がなく手を付けずにいたのです。
その結果、ほこりと汚れが溝の奥まで入り込んでしまいました。

よし、やっちゃおう

じっくり時間をかけて、丁寧に二本の溝を磨きあげました
気持ちよくピカピカになった扉の溝。
小さな達成感に浸りながら、使った道具の後始末をしていましたら、

「痛っ!」
右の親指の関節に激痛が

根を詰めて親指に力を入れる作業をすると、
痛み出すことは分かっていました。
ほどほどにしておけば良かったものを、
余計なスイッチが入ってしまって、
つい、やりすぎてしまいました。

(ノ_<)

そもそもの原因は遠い昔の習慣でした。

私の母は胃が弱いせいなのか、背中が凝る人でした。
辛そうに顔を歪める母を何とかしなければと、
私は日常的に母の背中のマッサージをしました。

ツボは決まって、左の肩甲骨にぴったり沿ったところ。

叩くのでは満足しませんし、肘や拳では「ツボ」にはうまくはまりません。
ですので親指を使って指圧をするのですが、
これが子どもの私には、きつかった

始めは右手でぐりぐりとやり、疲れてくると左手に変えますが、
左肩甲骨際という位置的にも、
左手では右手ほどうまくツボに当たらず、
また利き手ではないため上手にぐりぐりもできません。
母が不満を漏らすので、すぐ右手に戻します。

けれども右親指の疲れはやがてピークに達し、
力が入らなくなってきます。

すると母は、私にぐぐっと寄りかかり、体重を掛けてくるのです

今思えば母にうつ伏せに寝てもらえば良かったのですが、
どういうわけか、いつも座った状態でした。
私の右手の親指は、
その一本で、母の身体を支えなくてはなりません

そうしないとほぐれないほど、
母は背中の凝りに悩まされていたのでしょう。
母には、私を気遣う余裕などなかったのです。

私も痛いとは言えなかった。

小学生の私の親指は、我慢して我慢して、
多分ずっと炎症をおこしていたのに、
誰にも手当をしてもらうことがなかったのです。

見た目には、全くわかりません

傷があるわけではなくちょっと反っているかなあという程度。
茶道の先生はよく気付いてくださったと思います。
それでも、きっと傷は深かったのでしょう。

大人になった私は、
子どもを抱き上げるときの力の入れ具合でも、
時折激痛が走るようになっていました。

茶道で使う茶杓という道具を正しく持てなくなるほど痛んだことがあって、
母に指圧の苦行について伝えたことがありましたが、

「それっぽっちで茶杓も持てなくなるの」

母は全く相手にしてはくれませんでした

母に伝えたことを後悔しました。
悲しかったというよりも
そんなことにこだわっている自分はなんて小さいのだろうと恥じたのです。
きっと新たな傷が重なりました。

本当はきちんとしたケアが必要で、
傷ついていることを分かって欲しかったのに、
母の枠に再び自分を押し込んでしまった。

(´・_・`)

見えない傷は、
はっきりと確認することができませんから、
他の人に分からないばかりか、
自分自身でも、切り捨ててしまいがちなのだと思います。
その結果、
癒される機会を逃し続けてしまう。
見えない傷こそ、きっと救いを求めてる

傷ついているのなら、誤魔化さないで
しっかりと感じ取った方がいい。

傷の深さは他の人と比べるものでは決してなくて、
他の人の考えに左右されるものでもないと思うのです。

大切なことは、
自分の感覚を、自分が尊重してゆくことだと思うのです

見えない傷だからこそ、
自分がケアして守ってゆく。

まだまだケアが必要な私の右手親指。
しばらく湿布を巻いておこうと思います。



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小さな幸せを感じられること

おはようございます。
ACカウンセラーmichikoです。
訪問くださりありがとうございます

初めてのことに手を出してみたり、
慣れない環境に身を置いたりなど、
このところ普段よりちょっとだけ頑張ってみています(* ´ ▽ ` *)

新しいことにチャレンジしよう、
という気持ちになれるということは、
今の自分の状態に概ね満足していて、
気持ちも安定している、ということ

これはとってもありがたいことです。
更に、ありがたいと思えること自体がまた、
とってもありがたい

.゚+.(・∀・)゚+.

かつての私は、
安定した状態がしばらく続くと、
「調子に乗るな」
「そのうち痛い目にあうぞ」

などという考えが、自然に湧いて出てきておりました。

実は今でも浮かんでくることが。

そうした意識を持つことは、
自分を律するために必要なことですし、
危険を回避する備えにもなるでしょう。
適度なストレスやプレッシャーは、生きるために必要でもあります。

ただそれが大きく偏ってしまいますと、ちょっと苦しくなってしまいます。
特に子どものころに強烈に植え付けられてしまうと、
大人になってからもその影響を受け続けてしまうようです

私の場合は、
いくらか穏やかな状態が何日か続いているなあ、と思っていると、
必ずと言っていいほど、兄の暴言や暴力が

「穏やか」は一瞬で木っ端微塵となり、
私は震え上がるのです。

「やっぱり」という絶望。

私はなんて愚かだったんだろう。
幸せを求めたり感じたりしてはいけなかったのに。

(´・_・`)

兄の機嫌をいつも気にしていた私は、
「安定した状態」を味わってはいけない
という気持ちを大変強く持っていました。

楽しいと言われる場所にいたとしても、
その場の雰囲気を楽しむことができず、
気持ちのどこかが落ち着かない。

「遅くまで調子に乗るな」
「早くめしを作れ」
「何だその目は」
「歯を食いしばれ」

兄を不機嫌にしないために、
私は一分でも早く帰らなければ。

兄が帰ってくる前に。
母が帰ってくる前に。

ですので、
楽しんでいる振りをして雰囲気を壊さないようハラハラしながら、
密かに帰るタイミングを計るのです。

今思うと、
兄をそう仕向けることで、
母が私をコントロールしていたのかも知れません。
そして多分、
それは無意識なはずで、
そうせずにはいられない事情を、
母は沢山抱えていたのだろう。。。。

(´・_・`)

私は小さな幸せを、
幸せと感じないようにして生きてきたのかも知れません。

幸せなんて幻で、
私が受け取ると、
間もなく崩れてなくなってしまうもの。

誰かの機嫌を気にしながら、
ずっと働き続けるのが私。

そうしないと評価してもらえない。

休んではいけない、
楽しんではいけない、
気に入られるように、
怒らせないように、
もっともっと・・・。

自らに義務を課すことや、
自分を批判することを
止めることができなかった。


(´・_・`)




数年かけて色々なことを整理した今、
私はこんな風に思うのです。

小さな幸せを
ありがたいと感じる
ことができるということが、
とっても大きな幸せなんじゃないかなあ



窓辺でだらりとお昼寝をする猫のいるリビングには柔らかく陽が差していて、
さっきまでソファで本を読んでいた娘も、
いつの間にか静かに寝息をたてている。

穏やかな午後。

この空間に自分を置くことができていることが、
幸せだなあと思うのです。

そして幸せだなあと感じられる私も、
何だかいいなと思うのです。


(〃▽〃)

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大人になる、ということ

こんばんは。ACカウンセラーmichikoです。

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どなたの著書だったか、数年前に読んだある本に
「大人になる、ということは、
言うべきことをきちんと言えることではなく、
言わなくてもいいことを言わないでいられること
と書かれていました。

「言うべきこと」の判断が苦手だった私には、
「言うべきことを言う」のはとても難しいことでした。
そして、それが出来ない自分は
大人になれないダメな人間だと
ずっと思っていました。

ですので、この一文に出会ったとき、
それなら私にも出来るかも、と小さな希望を抱きました。

ところが、
「言わなくてもいいことを言わないでいる」
これが中々難しいのです

例えば子育て。

生きる術を知らない小さな子どものうちは、
親があれこれ手をかけ、
口を出さなければなりません。
ですがある時期にきたら、
子どもに任せてじっと見守ることが大切になります。

それが子どもの
「自己実現」という欲求を満たすことにつながるからです。
とはいえ子どもに任せてしまうと、
上手くはめられないボタンを、
とんでもなく掛け間違えてはめようとしてしまう
見ている親御さんは、
こうすればいいのに
ああなったら大変
もうハラハラ気を揉み、くたびれてしまいますね
じっと見守れる親御さんもいらっしゃいますが、
私はできないことが多かった。

子どもを守る振りをして、
その実、
それ以上自分がくたびれたくないからと、
つい、口を出し手をかけてしまうのです。

子どもは、たとえ上手にできていなくても、
自分でできた経験を重ねたいのに。

「くたびれたくないから」と私は表現しましたが、
もっと深いところに
どうやら本当の理由があったようです。

それは、
自分が安心したいから

長女が思春期だった頃、
そう指摘されてハッとしました。
当時は深く考える余裕もなかったのですが、
実に的を射ていると感心してしまいます。

私は自己肯定感や自尊心が大変低かったものですから、
子どもに必要とされることや、
「良いお母さん」と周囲から思われることで、
自分の価値を少しでも高めて安心したかったのだと思います。

安心が脅かされるから、
びくびくしてくたびれてしまう。

それが高じ、
必要以上に干渉して介入して、
本人から選択の自由や自信を奪う「パターナリズム(父権的温情主義)」が起動してしまったことも。

(パターナリズム:元は半人前の子どものためにいろいろ世話をやく父親のことで、
強い立場の者(パター=父親)が、弱い立場の者(子ども)に対して、
一方的によかれと思って干渉したり介入したりすること→精神保健福祉事典より
多くは異を唱えても聞き入れてもらえず、
選択の自由を奪われてしまった状態です。)

(´・_・`)



色々なことがあったけれど、
お陰様ですっかり大きくなった二人の娘
それぞれがそれぞれの人生を、しっかり歩き始めてる

娘たちの「自己実現」を遠ざけてしまったことが、
これまできっと沢山あった。
私のことに巻き込んでもしまったし、
悲しい思いをさせてしまったかもしれない。

けれども、恐らく、
最悪の事態は避けることができたのだと思うのです。
なぜなら
その時その時を、私はできる限り精一杯、
一番良いと思うことをして生きてきたから。

今、私は私の人生を、しっかり生きていると感じています。
今更ながらではあるけれど、
娘に対してだけではなくて、
「言わなくてもいいこと」が少し分かってきて、
「言わないでいること」もできるようになってきた。

だから娘たちには安心して、
自分の人生を、しっかりと生きて欲しい
心からそう思うのです


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旧友との再会

おはようございます。ACカウンセラーmichikoです。

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先日、数年ぶりで旧友Sちゃんと会いました。
幼馴染の彼女とは家も近所でしたから、
お互いの家の中間地点にある「電信柱」で、
私たちはいつも待ち合わせをしていました。

ですが、私が今の住まいに引っ越した数年前からは、
何となく、連絡を取らなくなって、
会うこともないまま何年も経ってしまっていたのでした。

温かくて楽しい家族の中で育ったSちゃん。
ドリフやサーカスを観に行ったり、
海や山に出かけたりした話を、
いつも羨ましく聞いていました。

一度Sちゃんのご両親に、
海に連れていってもらったことがありました。
私の家とは違う、冗談が飛び交う仲よさそうな家族の会話。
私は楽しい振りをしながらも、寂しい気持ちになりました。

Sちゃんのお母さんは優しくて気さくで温かい。

中学1年の盆踊りの日、
「michikoちゃんもおいで」と言われ、
Sちゃんとお揃いの髪飾りをつけて
ポニーテールを結ってもらった。

私の髪を丁寧に梳きながら、
素直ないい髪だねえ、と褒めてくださって、
嬉しくて照れくさくて、くすぐったかった。

可愛くて伸び伸びとしたSちゃんは、
お母さんにもお父さんにも、お兄ちゃんにも大切にされている。
どんなに頑張っても
私は到底追いつけない
別の世界に生きてる人なんだと、
ずっとどこかで思っておりました。

私の母は、
私がSちゃんと遊ぶことを嫌っていたので、
嘘をついて誘いを断ったことも沢山ありました。

そして、
そんなことで遊びを断らなければならない自分が
情けなくて、何とかそれを隠しておくために
彼女の家族のように仲良さそうに
演じて合わせていたようにも思います。

ですのでSちゃんには、
私の家族の問題をうーんと軽く伝えたり、
何も気にしていない風を装ったりしていました

考えてみたら、
長い間会わないでいたのは、
私が決断した実家の問題について、
Sちゃんに説明しなければならないことを、
潜在的に避けていたからなのかも知れません

それがひょんなことで
年明けすぐ、頻繁に連絡を取り合うことに
次第に私の中で、
Sちゃんに会いたいなという気持ちが湧くようになりました。

多分、
どう思われようと、
それが私のありのままなのだからそれでいい
そう考えるようになれていたからだと思います。

SちゃんはSちゃんで、私は私。
シンプルに、ただそれだけのこと。

それでいい。



私たちはかつてのように、
「中間地点」の駅で待ち合わせました。
例によって早目に現地に到着した私は、
ちょっと緊張して、Sちゃんを待ちました。

やがて遠くにSちゃんの姿が。
私を探して辺をキョロキョロしている彼女は、
昔とちっとも変わらない。
空白の数年はあっという間に埋まり、
笑いっぱなしのランチでした。

伸び伸びとした性格もそのまんま。
理屈抜きに直感でものを考える彼女は、
時々核心をついたことを言い出します。

やがて話題は自然とお互いの両親や兄弟の話に
家族愛をこよなく大切にする人なので、
多分私は非難されるだろうなあ、そう思いつつ、
ざっくりと母や兄と私の関係について、
私のとった行動を伝えました。

黙って聴いていた彼女はこう言いました。
「michikoちゃんは今まで十分やってきたから、それでいいよ。」

私の行動を尊重してくれた言い方がありがたかった。
積年のハードルを超えられたようで、嬉しかった。

私たちは、またの再開を約束して別れました。
記録的な寒波だとかで冷え込んだ日でしたが、
心はとっても温かで、
昔の私よりはるかに生きやすさを感じた一日でした。

Sちゃん、ありがとう


(*´v`)

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プロフィール

michiko

Author:michiko
ACカウンセラー
精神保健福祉士(ハラスメント通報窓口相談員)
東京認知行動療法アカデミー認定カウンセラー

ホームページはこちら

 http://ac-counseling.net


 
・人にものを頼むことが苦手
・人の依頼や誘いを断ることが苦手
・主張するより周りに合わせる方を選ぶ
・自分が我慢する方がいい
・「こうしてくれればいいのに」といつも思うがうまく言えない
・自分の気持ちを汲んで欲しいのに、と強く思うことが多い
・そもそも自分がどうしたいのかよくわからない
・人を助けているうちに、自分が困った事態になっている
・困っていても自力で何とかしようとする
・仕事を一人で抱え込みやすい
・見捨てられるのが怖くて恋愛関係にまで踏み込めない
・恋人に対して必要以上に依存している、または支配していると思う
・誰も自分のことなど関心がないと思う
・周りの期待通りにしなければと思う
・もっと頑張らなければいけないと思う
・いつか裏切られるような気がする
・いつも不安で仕方ない
・相手の機嫌を自分が何とかしなければと思う
・相手の問題を本人以上にあれこれ考え世話をして疲れてしまう
・不機嫌な人がいると自分のせいではないかと思ってしまう
・怒りの感情を出さないので、よく「いい人」と言われる
・自分は楽しんではいけないと思う
・自分のためにお金や時間を使うことに罪悪感がある

 以上のことをこれまでの人生で繰り返してきた
 michiko

私はアダルトチルドレンです。生きづらさを抱えたまま大人になったけれど、今までよりずっと楽に生きています。楽に生きる方法を、カウンセリングを通じてお伝えしています。

 http://ac-counseling.net



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