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中学受験で起きた悪夢 その1

おはようございます。ACカウンセラーmichikoです。

    http://ac-counseling.net


訪問くださりありがとうございます

今年も残りわずかとなりました。

クリスマスや年末年始の行事は華やかですが、受験生にとってはここからが大変
最後の追い込みとともに、体調管理にも気を配らなければなりません
親御さんは、事務的なことにも手落ちがないよう、大変な神経を使われることと思います
ご家族が一丸となって、頑張る受験生を支えたいですね

受験と言えば、苦い思い出がございます。
私は小学6年生のとき、
私立中学の受験をしました。

理由は母に言われたから。

近くに中学受験のための塾など無かった時代、
週三日を約一年間、
電車で文京区の塾まで通いました。

当時は算数と国語の二科目でした。
小学校では成績が良かった私。
(註:あくまでも「小学校」の話です
塾の勉強にもついて行けるだろうと思っていましたが、
甘かった

授業で使う分厚いテキストには、
見たこともない図形や知らない慣用句が並んでいました。

通ってくる子は服装も持ち物もキレイで、
優秀そうに見えました。
みすぼらしい身なりの私は、
入塾テストで「補欠」1番。

「合格」ではない自分は、
「居させていただく」存在で、
先生にも大切にされることはなく
隅っこで小さくなっていなければいけないような気がしました。

理解できないまま進む授業では、
当てられたらどうしようとビクビクしながら過ごしました

芳しくない成績のまま秋になると、
皆がオレンジ色の表紙の問題集を手にしていることに気付きました。

学校別の「過去問」です。

皆とは格差があるような気がしていた私は、
話の輪に入ってゆくことが出来ずにいましたが、
どうやら「過去問」とやらは、入試までにやっておくべきものらしい、と察しました。

それで母に、
「過去問が欲しいの」
と言ってみましたが、
「お兄ちゃんのがあるでしょう」
と、一蹴されてしまいました。
(ちなみに兄が受験したのは5年前、そして私の受験する学校は兄とは全く違います

受験校は三つ、母が決めました。
私の意向を訊ねられたことはありません。
どの学校も、受験までに見学に訪れたことは一度もありません。
そもそも、私はその学校に行きたかったのかもよくわかりません。

全て、言われるままでした。

当時の中学受験はそんなものだったのかも知れません。
それに、受験をさせてもらえる環境だったことはありがたいことだと思います。

ですが、、、、、。

一番初めに受けた学校では、
なんと受験科目に「音楽」がありました
全くの想定外。完全な準備不足でした。
着ていた服装も、周りの皆はスーツやワンピースだったのに、私は普段着。
面接の順番を待っている間、惨めな気持ちで一杯でした

次に受けた学校では、
道順の下見をしておかなかったために途中で迷い、
遅刻をしての受験でした。
走って教室にたどり着くと、皆は静かに着席して説明を受けているところでした。
一瞬途切れる先生の声と、一斉に向けられる沢山の視線。
問題を解く前にボロボロでした。

(ノ_<)

この二校は撃沈でした
実力不足は否めません。
ですが、悔やまれる点ばかりでした。
受け身の姿勢で臨んだ私も悪いのですが、
連続する不合格にはさすがに落ち込みました。

さて、そうして迎えた最後の一校。

特別行きたい学校ではなかったけれど、
不合格は絶対嫌だと思いました。

中学受験ですから、受験生は小学生。
思春期の入口で、メンタル面も未熟な上、
入試当日の慣れない交通機関の他、
発表に関する事務的なことなど、対応が不十分な年齢です。

殊に受験に関する事務手続きは、細かい決まりやタイムリミットがあるため、
大人でも大変神経を使うものです。
全般において保護者が大きく関わることになります。
入試当日も、保護者は必ず受験生に付き添って受験校に行き、終了まで待機します。

ですが、私の場合、
最後の一校の時には、母が習い事の関係で同伴できなかったため、
私は前日親戚の家に泊まり、
そこから一人で行ったことを憶えています。

そんな子は多分、私一人だったと思います。

それでも私は、
ずっと受け身だった受験に対して、
ここにきてようやく能動的な気持ちを持てていました。

合格して母を喜ばせたい気持ちもありましたし、
通っていた小学校では、
私が中学受験をしていることが知られてしまっていましたので、
何とかして合格したかった。
地元の中学校に上がることは受験に失敗したことを意味しますから、
それはとってもかっこ悪い、と思ったのです。


合格をとりたい。

出来は一番良かった。
面接もまずまずでした。
発表が、待ち遠しかった。

その学校では、合格者を体育館に張り出すことになっていました。
合格した場合の事務手続きもあるので、合格発表にも通常保護者が行きますが、
発表の日、またしても習い事の関係で母は行けなかったので、
私は一人で合格発表を見に行きました。

多分、そんな子も私の他にはいなかったでしょう。

とにかく私は、
合格を確かめたい一心で、
受験票を握り締めて番号を探しました。

・・・・ない。
ない。。。

もう一度見直す
・・・ない。

(ノ_<)

意気消沈しかけたとき、
ボード端の「補欠」という文字が飛び込んできました。
塾での一年間、私を後ろめたい気持ちにさせた
「補欠」

ちょっと嫌だけどもしかして・・

・・わあ!!

(」*´∇`)」

よかった、不合格ではなかった
合格ではないけれど、不合格でもない。
心の底からホッとしました。
地元の中学に行かなくて済みます。
お母さんに早く伝えたい

「補欠」の喜びを、一人噛みしめているると、
先生と談笑しながら、何やら書類を書いている人や、
同じ色の封筒を持っているお母さんが何人かいることに気づきました。

大人の人は、
きっと先生とお話しがあるんだろうな。
大人の人は、
きっと何かもらえるんだろうな。

私は子どもだから、関係ないよね。

(*´v`)

不合格ではなかったことにすっかり安心した私は、
母に褒められることを想像して、
受験票を大切にしまい、
静かに体育館を後にしたのでした。


・・えーと、続きは次回にさせていただきます




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理解できなくても、理解し続けようとすること

おはようございます。
ACカウンセラーmichikoです。
訪問くださいまして、ありがとうございます

子どものころ、蓋を開けると音の鳴る、箱型のオルゴールを持っていました。
母がどなたかの箱根土産で頂いたものを、私が貰い受けたのです。
寄木細工の渋いものでしたが、嬉しかった。
内側に赤いビロードが貼られたその箱は、何か特別な宝物をしまっておくもの、という匂いがしてわくわくしました


一番初めに入れたのは、冬にみかんを剥くとたまあに出てくる
小指の爪ほどの大きさの小さな房(薄皮に包まれたその果肉を「じょうのう」というそうです)。
箱のビロードの上に直に置いて、一人眺めては楽しみました。

今、考えますと、何でそんなものを?と不思議なのですが、
当時の私にとっては「宝物入れ」にしまっておくほど価値のある、
大切なものだったのでしょう。
でも、みかんの小さな房が宝物だなんて、
ちょっと恥ずかしいとも思っていました。
ですので、誰にも見せたことはありません。

やがてそれは干からびて、箱の中には他のものを入れるようになりました。
遠足で拾ったどんぐりや、
公園で見つけた四つ葉のクローバー、
小さなビンに入った星の砂・・・。

入れるものは違っても、どれもがその時々で、私が大切にしていた宝物でした。

援助者として大切なことは、その人の「価値」を「理解し続けようとする」こと

精神保健福祉士の勉強をしていたとき、ある先生がおっしゃった言葉です。
とても心に響いたので、今でもよく思い返しています。

その方が、
何を大切に思っているのか、どこに「価値」をおいているのか
それを、せっかちに有る一点においてだけで理解したつもりになるのではなく、
「理解し続けようとする」こと。

自分を理解してもらえたら嬉しい。
でも、その時は理解してもらえなくても、継続的に理解しようとしてくれていると感じられたら、
誠実な味方を得られたようで、自分に自信が持てるようになるかもしれない

そこには、○○が出来たから、××が出来ないから、などという理由はありません。
あるのは理解しようとしてくれている、そんな安心感。


これはもしかして、
ACを受け入れるということも、
おんなじなんじゃないかなあ、と思うのです

ACの方が、
その時々に大切にしていたことを、
感じ取ってしまったことを、
守りたかったものを、
ご自身が「理解し続けようとする」
「価値」が流動的ならば、その変化した過程も理解しようとすればいい。
×なんて、ないと思うのです。

きっと馬鹿にされると思ってしまい、いつも一人で眺めていた「宝物入れ」
「こんなものを」と笑うのではなく、
どうして小さなみかんを大切にしているのか、理解しようとしてくれる人がもしいたら、
私はきっと、ちょっと恥ずかしいその気持ちごと
箱の中身を見せていたかもしれません。

寄木のオルゴールはいつの間にか無くなってしまいましたが、
私の中の「宝物入れ」には、
みかんの房を大切にしまったオルゴールを持った少女が未だに存在します。
ですので、今、
大人になった私は、
こうかな、ああかな、と、
彼女を「理解し続けようとする」人でいたいと思うのです。


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ACと涙

おはようございます。

ACカウンセラー松橋通子でございます。

訪問くださりありがとうございます

夏休みと向日葵

子どもの頃、お向かいの家にSちゃんという女の子が住んでいました。

Sちゃんはお母さんを「ママ」と呼びました。

ママはオシャレでキレイで、
いつもSちゃんに可愛い洋服を着せていました。

一度、ママと出かけるSちゃんが、
ひまわり模様のサンドレスを着ているのを見ました。

夏の陽射しにひまわり
黄色がよく映えて、とってもまぶしかった。
なんてかわいいんだろう、と思いました。


小学一年生の夏休みのある日、
母と兄が出かける支度をしていました。

二人でどこか素敵なところへ出かけるようです。


私も行きたいなあ・・・
そうだ、おめかしをすれば、きっと連れていってくれる

私は一人静かに支度を始めました。
タンスを開けると、兄のお下がりばかりでしたが、一枚、
ノースリーブのワンピースがありました。

ずいぶん前に、祖母が行商のおばあさんから買ってくれた、
紺地の渋い一枚です。

私にと目の前で買ってくれた
ワンピース
嬉しくてとても気に入っていて、何度も着ていたので、
少し
色あせていました。

それでも、私の中では立派な「お出かけ着」
Sちゃんの
サンドレスのイメージだったのです。

私は着替えて髪を梳かしました。

そして、いよいよ母たちが出かけるというとき、言いました。

「私も連れていって」


すると母は、私の身なりを一瞥して、こう言いました。

「きったないねえ!こじきの子みたい」
「みっともなくて連れてなんか行けない」


涙目の私を見て、兄が、にやにや笑っていました。



出掛けでイライラしていた母を怒らせてしまった、と後悔しました。
ワンピースを買ってくれた祖母にも申し訳ないと思いました。

そして、母に叱られた惨めな自分を、祖母に見られてしまったことを
とても恥ずかしく思いました。

母に嫌われた、と強く強く感じましたが、
それを祖母に気付かれたくなくて、
一生懸命涙をこらえていたように記憶しています。


二人を見送り、私は祖母と、留守番をしたのでした
何事もなかったかのように、塗り絵をしながら。



これは、私が自分に宛てて書いた
「手紙」
の内容の一部です。


過去に手に入れられなかったものについて、
本当に欲していたものについて、

「手紙」に著して確認する

という作業を、私は何度も繰り返しました。


重くて、苦しい作業でした。
とんでもないことに手を付けてしまったと後悔もしました


そして
沢山の涙が必要でした。
あの時流せなかった分を取り戻すかのように。

この時の感情の動きというものを、
あれほどまでに大きくなった「塊」というものを、
私は決して忘れないでしょう。


何度も何度も繰り返すうちに、やがて、
母には母の、きっと事情があったのだろう、
そう思えるようになりました。


まだ完全とはいえません。
体調や何かの拍子に、揺り戻されてしまうこともあります。

それでも自分を保っていられるようになったのには、
この作業を通じて
母に対する執着を手放せたからだと思っています。


手放すために大切な
浄化作用のひとつとして、
人間は、
「涙」というものを授けられた、
そんな風にも思っています。


ACの方には、
沢山の涙が必要だと思うのです。

男性も女性も。大人も子どもも。



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インナーチャイルドを具現化する

おはようございます。
ACカウンセラー松橋通子です。

訪問くださりありがとうございます



6月の第三日曜日。

父の日。


いつも小銭しか持っていない父でした。

時々、たばこを買いに行くついでに、
駄菓子屋さんに連れていってくれました。
「もめんや」という駄菓子屋さんで、数十円分のお菓子を買ってもらうことを私は楽しみにしていました。

大らかな父が、大好きでした。

私の娘たちも父を慕い、大変懐いておりました。


父は今、ある施設で生活しています。

会いに行っても、
主人の名前は出るのに私の名前は出てきません(笑)

それでも大変嬉しそうな顔をして迎えてくれます。

主人には、
父の側に居る時の私は、穏やかでとてもいい顔をしていると言われます。

脳の障害により意思の疎通はできなくなっていても、
私自身、魂のレベルで会話をしていると感じています。


そんな父が元気だった頃、私は父に大切なものを届けてもらった
昨夜になってそう気付きました。


ACの方は、インナーチャイルド の存在を意識することが大切です。

自分に焦点が当たらない生き方をしてきましたから、自分のために何かをする、ということに抵抗があったりします。

自分に焦点を当てよう
自分主体で考えよう

その言葉の意味は理解できても、実生活では中々その通りにはいきません

私は何をしたいの?
何を求めているの?

もやもやしてよくわかりません


考えているうちに、特有のアンテナが反応

あの方はきっとこうして欲しいんだろうな、
家族はこれを求めているんだろうな、

ならば私はこれを選択するのが良さそう、

それなら更にその上のここまでやるしかない。

結局、自分がどうしたかったのかは置き去りとなってしまいます。
果てはそれが、自分のやりたかったことのような気さえしてしまう


上手く行けば良いけれど、そうでなかったら、
「せっかくここまでやってあげたのに」
怒りに近い感情が生まれ、
それをまた
うやむやにしてしまうことにもなりかねません



そんな時は、
インナーチャイルド
思い出すと良いようです。

インナーチャイルドが喜びそうなことをしてあげよう、
そう考えるのがよさそうです

社会生活を送る上での常識の範囲で、
その場に見合った微調整は必要ですが、
自分にはできないけれど、
心の中にいる小さな子どもへ
とういことなら、してあげられるかもしれません。

更に、
インナーチャイルドを具現化すると、
もっとイメージしやすくなるようです。

例えば小さい頃の写真が良いと聞きました。
ですがあいにく、私は写真を持っておりません

そういう場合は、人形でも良いそうです

人形。。。

母と兄から距離を取ろうと引越しをした数年前、
父が届けてくれたのが人形でした。

着物を着た70〜80センチの日本人形です。

色々な事情で実家が処分される頃、
取り壊される直前の私の部屋から、
87歳になる父が、
遠路我が家まで持ってきてくれたのです。

「michikoの大事なものだろうから」(^-^)

小さな頃から家にあったその人形が、
正直私は嫌いでした。

いつも無表情で冷たく他人行儀で、
自分のものという気がしませんでした。

バービーやリカちゃんのように
手にとって着せ替えをして遊びたかったのに、
ガラスのケースに入った大きな人形ではそれができません。
恐る恐る母にねだると、ぴしゃりと言われました。

こんなにいいのがあるでしょう!

兄はミニカーやプラモデル等、沢山持っていましたから、
兄は特別なのだと思っていました(´・_・`)

父がその人形を持って来てくれたとき、
(父はケースから出した人形本体だけを
剥き出しで抱えて持ってきました(笑))

どうしてこんなものを、と思ってしまいました。

それでも
「ぶつけないように持ってくるのが大変だったんだぞ」
そう言って汗をかいている父の気持ちは嬉しかった
それで私は少し手入れをしてみました。

いつもケース越しに眺めるだけだった
どこか冷たい表情のこの人形

直に触れたのは初めてのことでした。
色あせた着物がみすぼらしかったので、
新しい着物を作って着せました

自立出来ない作りでしかたから、
わずかな支えで自立するよう補助をつけました

現在の住まいにも、
家族の一員として連れてきています。

当時私はメンタルも参っていましたから、
そんな発想はなかったのですが、、
昨夜気付いたのです。

この人形は、
インナーチャイルドとして具現化するのにちょうど良い
ということに

何となく他人行儀に感じていたのは、
きっと私が、
彼女の心を閉じさせてしまう日常を
繰り返していたからなのかも知れません。

これからは少しづつ、
彼女と対話する時間を取ろうかなあ

リビングに居る彼女の表情が、
少し柔らかくなったように感じます。

父に感謝します。
そしてヒントを下さった水澤先生に感謝します。

プロフィール

michiko

Author:michiko
ACカウンセラー
精神保健福祉士(ハラスメント通報窓口相談員)
東京認知行動療法アカデミー認定カウンセラー

ホームページはこちら

 http://ac-counseling.net


 
・人にものを頼むことが苦手
・人の依頼や誘いを断ることが苦手
・主張するより周りに合わせる方を選ぶ
・自分が我慢する方がいい
・「こうしてくれればいいのに」といつも思うがうまく言えない
・自分の気持ちを汲んで欲しいのに、と強く思うことが多い
・そもそも自分がどうしたいのかよくわからない
・人を助けているうちに、自分が困った事態になっている
・困っていても自力で何とかしようとする
・仕事を一人で抱え込みやすい
・見捨てられるのが怖くて恋愛関係にまで踏み込めない
・恋人に対して必要以上に依存している、または支配していると思う
・誰も自分のことなど関心がないと思う
・周りの期待通りにしなければと思う
・もっと頑張らなければいけないと思う
・いつか裏切られるような気がする
・いつも不安で仕方ない
・相手の機嫌を自分が何とかしなければと思う
・相手の問題を本人以上にあれこれ考え世話をして疲れてしまう
・不機嫌な人がいると自分のせいではないかと思ってしまう
・怒りの感情を出さないので、よく「いい人」と言われる
・自分は楽しんではいけないと思う
・自分のためにお金や時間を使うことに罪悪感がある

 以上のことをこれまでの人生で繰り返してきた
 michiko

私はアダルトチルドレンです。生きづらさを抱えたまま大人になってしまいましたが、試行錯誤の末、今ではこれまでよりずっと楽に生きていると実感しています。
このブログが、少しでも楽に生きられるヒントとなれば嬉しいです。
カウンセリングでは、じっくりご一緒に考えてゆきたいと思っています。

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