慎む〜ACの課題

ACカウンセラーmichikoでございます。
ご訪問くださり大変ありがとうございます




新しい年が明けました。

お陰さまで、
昨年は公私共充実したスケジュールでしたので、
正直いっぱいいっぱいだった時期もございました

ですがその分、
実に様々な学びの機会を頂戴しました

なかなか頑張った一年でございました

また、
カウンセリングやブログを通して
ご縁を頂いた皆さまには、
たくさんのことを教えて頂き、
私自身の内省力も
高めることができたように感じています

色々な方に支えて頂いている

深く深く、感謝いたします。

そして、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。



年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか。
私は元旦には氏神様に、
翌日は県内の大きな神社に詣でました。

手水の水は痛いほど冷たくて、
神前の鈴の音と拍手が
澄んだ空気に清らかに響く。

お炊き上げの煙と香りは優しくて

神社は好きなスポットの一つ。
特に新年の雰囲気は大好きです。

そして訪れたら、
引かずにはいられないおみくじ

元旦は「吉」
二日に引いたものは「小吉」でした。

「吉」の位置づけは、
おみくじの種類の多寡によるというものだけではなく、
各神社によっても微妙に異なるようです。

大吉>>中吉>小吉>・・とするところや、
大吉>中吉>小吉>・・とするところや

そう言えば、かつて
「凶」を引き当てたこともございました

「吉」や「凶」にこだわることよりも、
やはり心に留めておきたいのは、
その内容。

今年は二つのおみくじに
共通する言葉が記されていて、
気持ちが引き締まりました。

その言葉というのが

「慎む」

「吉」のおみくじには、
「望み叶うが慎みの心がなければ憂いとなる」

「小吉」の方には、
「身を慎んで勉強すれば・・幸福が増す

何だか気になったので、
今年は結ばずに大切に持ち帰ることと到しました
(おみくじのマナーとして、これも諸説あるようですね)

三省堂の辞書によれば、
「慎む」とは、
①調子に乗って過ちを犯すことのないように
  気をつける
②度をわきまえて、控えめにする
③深く敬意を表わす

私の心に響いたのは、
の意味でした。

謙虚な気持ちを持ち続けていたいと
日頃思っているのですが、
実はそれが中々難しいと感じているからです。

少し振り返ってみただけでも、
あれこれ沢山思い返すことが。

例えば
主人が仕事で忙しく機嫌が悪いとき。
娘がひどく落ち込んでいるとき。
職場で誰かが怒っているとき。

「ひゃー大変!何とかしなければ!!」

主人の不機嫌や娘の落ち込みが、
いとも簡単に伝染し、
職場でも何だか落ち着かなくなってしまう

「共感」という捉え方もできますが、
必要以上にを越して
巻き込まれることは、
自分自身の気持ちを激しく乱し、
エネルギーも消耗してしまいそう

その方の問題なのに、
必要以上に手を出そうとしてしまうことは、
自分らしく生きることを阻害してしまう。

「度をわきまえて、控えめに」

これはACの方の課題の一つ、
「境界」そのものだと思うのです。

今年一年だけではなく、
これからもずっとずっと、
意識し続けなければならない
大切なことの一つとして、

年の初めに頂いた
「慎む」という言葉。

二つのおみくじは手帳に挟んで、
時折読み返そうと思っております

「憂い」とならないように
「幸せが増す」ように




つらくなりすぎる前に一度、おいでください。

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母との境界

おはようございます。ACカウンセラーmichikoです。

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訪問くださりありがとうございます

母の茶道教室を手伝っていた頃、
私はいわゆる「家元」にも通っておりました
どうしても親師匠の癖を受け継いでしまいがちな茶道。
「家元」ではそうした癖がつかないよう、
正しい所作を細かく叩き込まれました。

初めて門をくぐったのはまだ十代。
先生方には実に多くのことを教えていただきました。
長い経験を持つ年配の方がほとんどの教場で、
手順を覚えることでいっぱいいっぱいだった私
上の娘を出産するまでの数年と、
下の子を出産後復帰してからも十年余り、
合わせてそこそこの年数になりますが、
自分の生活と実家の雑事に追われる毎日に、
「家元」を組み込むことは、
とにかく気忙しかった

毎回替わる稽古内容は、
お茶を点てる一連の所作の他、
茶花やお炭など、
数え切れないほど多岐に渡りますが、
母の元では練習できないことが殆どでしたから、
私は書物で予習し手順を勉強しなければなりませんでした

母の気を引くために「家元」にはせっせと通いましたが、
忙しい日々に十分な予習時間を取れず、
うろ覚えのまま指導を受けることは、
自分のせいとは言え、とっても苦痛でした

苦痛だと思ってしまう自分を否定しながらも、
なかなか予習する時間を取らずにいてしまったりで、
結局前日の夜に、
激しい自己嫌悪と共に
本を開いて格闘するのです。



先輩方は、
「忙しいからこその茶道なのよね」
と仰いますが、
私には全く意味が分からなかった。

手順を追うことに終始して優雅な所作ができず、
お抹茶をこぼしてしまうこともしょっちゅうでした。
運悪く母のことを知っている先生に担当され
「お母様によく教わっていらしたら?」
と言われてしまうと、
より緊張して所作ができなくなってしまいました。



いつか母の耳に、
私の劣等生ぶりが知られてしまうのではないかと怯えました。

楽しむ余裕のない茶道。
緊張する稽古と劣等感

前日から夕食の準備を整え、
出かける前には自宅の家事を目一杯こなし、
帰宅途中に兄のリクエストに従って実家の夕食の食材を買い、
着物を脱いだら大急ぎで実家のための料理。

兄はよく、手間のかかるハンバーグをリクエストしましたので、
空腹の兄に急かされながら、
うんざりするほど作りました。

自宅に帰ったら主人と子どもたちの食事も待っています。
全て私がやらなければ
分刻みの駆け足でした。

そんな思いまでして続けていたのは、
それが母に認められる唯一の方法だと信じ込んでいたからです。

ですが、後から解ったことですが、
私の求めていたものは、
条件がなくても受け入れ認めてもらうこと
これは結局手に入ることはありませんでした。
あったのは、母のためにもっとやらなければという縛り
これが私を苦しめていただけだったのです。

限界を感じたある時、
下の子の受験と、主人の仕事の関係などを理由に、
「家元」を辞めました。
当時そう意識はしていませんが、
今にして思えば、母との「境界」を設定したのです。

そして、少しずつ
実家の手伝いからも離れるようになりました。

これにより母の私に対する当たりは大変強くなり、
目の当たりにしたのは母と兄との強い結束。
何度も何度も、心が折れそうになりました。
私は間違ったことをしているのではないか、
大変な親不孝をしているのではないか、
自分を責めました。

母の評価を求めるのはもう辞めよう、
兄の機嫌を伺うのは馬鹿げている、
そう思い直してはみても
やはりどこかで納得していない自分がいて、
何年も辛かった。


それでも、今は、
「境界」を引けたことで自分を守れたと思えます。
それに、「家元」で頂いたお菓子は美味しかったし
稽古のおかげで体幹が鍛えられたなあなんて思えるようになっています
何より先輩方の、
凛とした美しい所作を間近で拝見できたことは、
私の大きな財産です

こうして、
過去の苦しかった事象を、
自分にとって意味のあることだったのだと
無理をしなくても思えるようになれたことは、
自分なりにACの課題に取り組んできたからだと思うのです
ですが、、、
…急かされて料理をする、
特にハンバーグを作ることには、
実は未だにうんざりと嫌な気持ちが湧いてしまいます(笑)





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兄との境界 その3

おはようございます。

ACカウンセラー松橋通子です。

訪問くださりありがとうございます


前回の続きでございます。


ぼんやりと 曖昧な
境界線がくっきりしてくるまでに、ホイール事件から数年かかってしまいました。


距離をとろう

兄から私は、少しずつ距離を取ることにしました。
心理的にも物理的にも。


とはいえ、
感情的な部分ではまだまだ引きずっていましたから、聞こえほどスマートではありません。
母との絡みも当然ありました。父のことも心配でした。

それでも、他の理由も重なって、

最終的には、県をまたいだ現在の地に引越しを決行しました。


新居での片付けが少し落ち着いた頃、
私の携帯に電話がかかってきました。

兄がどうやら部屋を借りようとしているらしく、その大家さんからでした。

大家さんと兄は知り合いですが、
信用に欠けるので妹の私が保証人としてサインすれば部屋を提供する、ということでした。

以前の私なら、

大変、何とかしなければ という気持ちでいっぱいになり、
わかりました書類を送ってください と言ってしまっていたでしょう。


でも当時の私は、なんと立派に、
兄との境界を設定することができていました。

大家さんにはこう言いました。

兄に部屋を提供するのはおやめになったほうが良いと思います。
私は保証人にはなりません


その方は、私が長年住んでいた地域の地主さん。
道で顔を合わせれば挨拶やちょっとした立ち話をする間柄です。

私の意外な返答に戸惑っているご様子でした。

お兄さん、困ってるよ


何度そう言われても私は引き下がりませんでした。
もう
兄との境界はあいまいなものではなかったのです。


ACの方の課題である「境界」

これは、他と自分との間に適正に設定することで、
お互いが心地よくいられる安全を確保するという、
とってもとっても大切なもの 

空間やお金、持ち物など目に見えるものだけではなく、
親子、兄弟、恋人などの人間関係、時間、責任や価値観・・。
色々なバリエーションがあります。

場合によっては柔軟に移動
もしますが、しかるべきラインで自分の領域をきちんと示すことがどうやらとっても大切なようです。

つまりは
「NO」と言うこと 
 
これがなかなか難しい

相手にどう思われるかな
断ったら悪いかな
ひどい人と思われそう
嫌われたくないから
断るくらいなら私が我慢したほうがいい

基準が自分 ではなくて
相手や他の誰かになってしまっていることに
気が付かなかったりします。

私も本当に苦手でした


母に認められること=兄に従うこと 

そんな基準に縛られていた私は、母や兄から、
「境界」に侵入され続けていたのかも知れません。

すこし違うかな。
こちらも気付かなかった。
というより、設定がもともとされていなくて、うやむやだったのかも知れません。

曖昧な境界は他の人から侵入されやすい
同時にこちらも
他の人の領域に、必要以上に侵入してしまいます

その結果、
相手の問題に手を出しすぎてしまいます(何とかしなければと本人以上に必死になってしまう共依存の状態とも大きく関係してきます。。。これはまた後でお伝えしますね)

これには、他者のために自分を犠牲にして尽くすことを美徳とする、文化的な背景の影響も少なからずあると思います。

そうした私でいることで、何とか
存在価値を保とうともしていました。


たとえ どんなにへとへとでも


私は先ず、
兄との境界をきちんと設定する必要がありました。

暴言や暴力や金銭問題で私の心身の安全を脅かすような人と関わり続けることなどないのですから。

機嫌を伺い、理不尽な言いつけに振り回されることは、もう終わらせよう、そう自分で決めたのですから

 

 

 

 

 

 

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兄との境界 その2

こんばんは。

ACカウンセラー松橋通子です。

訪問くださりありがとうございます


四半世紀ほど前のことです。

実家のガレージから車を出すとき、がりりという嫌な音がしました
隣に駐車してある兄の高級外車  に触ってしまったのです

いつも車を出すときは細心の注意を払っていました。

駐車するのは兄の車がないときに限り、そうでなければ私の中古のオンボロ車は路上に駐車することもありました。

兄に叱られる!

大げさではなく、戦慄が走りました。


車を降りて確認すると、
兄の車のホイールがほんの少し傷ついた程度で、幸いなことに車体は無傷でした

出勤前の朝のことです。
兄はまだ眠っています。

どうしよう。
大した傷ではない。
このまま行ってしまおうか。


結局私は兄の部屋に行き、その場で謝りました。

立腹した様子で傷を確認した兄は、私に、ホイールの取り替え修理代として30万円を請求しました

高額だと思いましたが、

高級車だから仕方ない、
悪いのは私だから、

わずかな貯金 を はたきました。


その後ホイールは取り替えれらませんでした。


数年後私は結婚し、長女を身ごもりました。

今のように制度が整っていなかったので、妊娠中の健診はお金がかかりました  出産の準備にもお金が必要です。

ナーバスにもなっていた私は、
ホイールは替えないの?と余計なことを言ってしまいました。

やめておけばよかった。
あの30万が他のことに使われてしまったのは、明らかだったのですから。

兄はわなわなとアゴを震わせ、
てめえが妊婦じゃなかったらその腹一発殴ってるところだ


怖さでお腹がきゅーっと張りました


振り返ってみると、このことが、

私はこの人にはもう付き合えない、
距離をおこう、

そんな感覚を抱くきっかけとなったように思います。


私の安全を脅かすような人と関わり続ける必要はありません

兄の理不尽な言いつけに長い間従ってきましたが、私を自分の小間使いのように扱う人の側にいることはないのです。


幼い頃は、そうした環境に何とか順応することでしか、
身の安全を確保できませんでした。

でも大人になった今、
自分で安全な場所を用意することができる

当時はそこまで深く考えていませんでしたが、
この人は危険である、かろうじてそんな信号は感じ取ることが出来たのでしょう。

これはACの方にとって大切な課題の一つである、境界を知ることにつながります。

私も大変苦手だった境界については、今後少しづつお伝えしてゆきたいと思います^^

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兄との境界

こんにちは。ACカウンセラー松橋通子です。

お読みくださりありがとうございます。



数年前のある日、福祉事務所から一通の封書が届きました。


生活保護を受給中の兄を扶養できないか

という扶養照会なるものでした。


私は他県に引っ越しており、

兄とは何年も会っていない状況


当然何も聞いていません。


いきなり送り付けられたその書類に書かれた事実に驚きましたが、

淡々と実情を記し、



「できません」と返信いたしました。



今振り返っても

その判断は間違っていなかったビックリマークと思っています。


厳しいようですが、

兄には兄の責任で自立してもらわなければなりません。


私が兄を扶養することは(実際経済的にとても無理ですが)


兄と私の「境界」を侵すことになると考えるからです。


もう私も、かつての様な生き方を繰り返す訳にはまいりません。




高圧的に私を従えていた兄は、

お金やモノを沢山消費する派手な生活を好みました。


高級外車車や洋服類、交際費ワインやゴルフ等に使うお金は、

本人のお給料で賄える額をはるかに超えていましたお金


超えた分は母が負担し続け、やがて土地を処分、

諸々あって最終的には家屋敷を売りました。



母は兄が自分の責任で始末すべきことを、
何十年にも亘って肩代わりしてきたことになります



私もまた、

たばこ代やレンタルビデオの延滞料金をお小遣いから負担し、


言われるまま私のカードを貸したり(限度額まで使われました)等、

兄の無責任な行動の尻拭いをしていました



当時は、自分の安全を保つために



「そうするしかなかった」ことでした。



拒絶や意見をしても叶うはずなどないと、


長い年月をかけて散々学んできたのですから



兄が不機嫌になることは母の不機嫌にも繋がります。


暴言や暴力、不穏な空気により、傷つくことは最小限に留めたい。



兄の責任を引き受けるしかなかったのです




でも私は、「扶養照会」のときには、



兄に縛られることを手放せていました



手放せるまで経てきた過程については、

今後こちらで綴ってまいりたいと思いますが、


一つ大切なことは、



それが誰の責任で処理されることなのか、


責任の「境界」を意識できていたことだと思います。



意識できたことで、私は私の責任の領域を認識し、


私自身を守ることができる、と気付けたことだと思うのです。





プロフィール

michiko

Author:michiko
ACカウンセラー
精神保健福祉士(ハラスメント通報窓口相談員)
東京認知行動療法アカデミー認定カウンセラー

ホームページはこちら

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・人にものを頼むことが苦手
・人の依頼や誘いを断ることが苦手
・主張するより周りに合わせる方を選ぶ
・自分が我慢する方がいい
・「こうしてくれればいいのに」といつも思うがうまく言えない
・自分の気持ちを汲んで欲しいのに、と強く思うことが多い
・そもそも自分がどうしたいのかよくわからない
・人を助けているうちに、自分が困った事態になっている
・困っていても自力で何とかしようとする
・仕事を一人で抱え込みやすい
・見捨てられるのが怖くて恋愛関係にまで踏み込めない
・恋人に対して必要以上に依存している、または支配していると思う
・誰も自分のことなど関心がないと思う
・周りの期待通りにしなければと思う
・もっと頑張らなければいけないと思う
・いつか裏切られるような気がする
・いつも不安で仕方ない
・相手の機嫌を自分が何とかしなければと思う
・相手の問題を本人以上にあれこれ考え世話をして疲れてしまう
・不機嫌な人がいると自分のせいではないかと思ってしまう
・怒りの感情を出さないので、よく「いい人」と言われる
・自分は楽しんではいけないと思う
・自分のためにお金や時間を使うことに罪悪感がある

 以上のことをこれまでの人生で繰り返してきた
 michiko

私はアダルトチルドレンです。生きづらさを抱えたまま大人になってしまいましたが、試行錯誤の末、今ではこれまでよりずっと楽に生きていると実感しています。
このブログが、少しでも楽に生きられるヒントとなれば嬉しいです。
カウンセリングでは、じっくりご一緒に考えてゆきたいと思っています。

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