今年のお盆を振り返り

ACカウンセラーmichikoでございます。
大変ご無沙汰いたしております。
久しぶりの更新ですのに、
訪問くださり大変ありがとうござます。





気付けばすっかり秋の陽気でございます。
このところ更新のペースが非常にゆっくりになってしまい、
大変申し訳ありません

関東の8月は雨降りが続き、
少々物足りない夏でしたが、
今年は
亡くなった父の初めてのお盆でした。

我が家の小さな仏壇には、
ご先祖様のお位牌はあっても、
父のそれはありません。

兄が遺骨の管理をしているらしいのですが、
お墓の有無も所在も存じませんし、
関係を断っている今となっては
確認の手段もありません。

それでも私は時々仏壇の前で父を想います

8月に入って間もない頃、
近所のスーパーに並ぶ
お盆の準備品が気になるようになりました。

死後の世界は存じませんし、
父のお位牌もない仏壇ではありますが、
もし、
あちらの世界から訪ねてくる
唯一の機会がこのお盆だというのなら、
父を迎えるために準備を整えたいなと考えました

今の住まいに移ってからは、
お盆そのものをしたことがなかったので、
仏壇を飾る品々に
地域による違いがあることを、
今回初めて実感しました。

私が生まれ育った都内の下町では、
お盆前にお花屋さんに行けば、
必要なものをひと揃い用意してくれていたのですが、
こちらではそうもいきません。

情報も品物も簡単に手に入る時代ですから、
その気になれば実家でしていたものと同じ準備ができるはずですが

詳細に調べてみたり、
こちらでは一般的ではない品を求めて回るより、
手に入るものでさらりと整えることの方が
無理なく自然な気がしました

スーパーで求めた「お盆セット」なるものは、
至ってシンプルなものでした

入っていた蓮の葉もビニール製で興ざめでしたが、
まあ、これでいい

セットに入っていないほおずきは、
すぐ横にバラで並べてありましたので、
形のよいものを三つだけチョイス
仏壇は小さくて、あまり沢山飾れませんし。

帰宅後、
ほおずきは道中の明かりになるんだったと思い出し、
翌日二つ追加しました。

実家では仏壇脇に置くだけだった
ウマウシについても注目

仏様と荷物を運んでくれるのだから、
疲れた彼らにもお供え物があったほうが
そう思い直し、
これも翌日買い足しました

快適に「滞在」できるよう、
考え出すとあれこれ止まりません。

(*^-^*)

どういうしくみでやってくるのか想像しながら、
マンションのベランダに
小さなお線香立てを置き、
その煙を「お迎え火」としました

仏壇のある和室には
い草の良い香りが漂い、
主人と父の話をしたり
お団子や煮物を作ってお供えしたり。

無理なく無事に「送り火」を終えました



自分で考え行動した私は、
きっと
私らしい自分でいたのだと思います。

誰かに何かを強要されたり、
かつての何かに縛られることなく。

または
自分の願望を押し通そうと
誰かの気持ちを踏みにじったり、
あるいは
幻想にしがみついたりすることなく。



そう言えば沖縄のお盆は旧暦で行うため
今年は9月3日からなのだそうです。
郷土愛の強い土地柄
来客が多く、おもてなしに大忙しなので
いわゆる本家の主婦は
大変なのだと聞いたことがあります。

来客はありませんが、
私らしいおもてなしができたと感じています。
父の「わっはっは」という笑い声を思い出しながら。




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父、逝く

おはようございます。ACカウンセラーmichikoです。
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「michiko、今年の薮入りはいつだ?」


もう何年も前のことですが、
娘たちの夏休みが始まる頃、
毎年父にこう訊ねられました

「薮入り」とは、昔の「奉公人」が、
お正月やお盆にお休みをとって
実家に帰ることを言います。

私は他家へ嫁ぎはしましたが、
「奉公」に出たつもりはありませんし
実家へは毎日のように
手伝いに参じておりましたので、
父の言う「薮入り」は
全くもってとんちんかん

どうやら父は、
娘たちを連れて「泊まりに」来て欲しいらしく、
それを「薮入り」と称していたのでした。

孫と遊ぶことが大好きな父

はビニールのプール
百円ショップでおもちゃを沢山用意して
ホースでシャワーのサービスもしてくれます。

幼い娘たちは大はしゃぎですヽ(´∀`)ノ

は花火や盆踊り
今年はお化け屋敷をやるんだと、
割り箸や糸で紙製のオバケを
(何だかよくわからない物体なのですが(笑))
いくつも作ってあちこち仕掛けてみたり。

「今年はな、これをして遊んでやろうと思うんだ」

娘たちのいないところで、
それはそれは嬉しそうに提案してきます

そんな父を娘たちもよく慕いました。

私としては
実家に「泊まる」ことはできれば避けたい。

母や兄に気を遣って動き回り、
いつも疲れはててしまうからです。

けれども父をがっかりさせたくなくて、
娘たちの喜ぶ顔も見たくて、
8月のお盆の頃には覚悟を決めて
「お泊り」をしたものでした。

そんな父が、
入院先の病院で
先月亡くなりました。
94歳、大往生です。

ここ数年、入院生活が続いていました。
私のことも誰だか分からなくなって、
もう随分と経ちます。

最近は訪ねて行っても眠っていることが多くて、
運よく起きていても意思は感じられず、
呼びかけても目が合うことはありません。

覚悟はとうに出来ていました。

亡くなる前日、
家族で会いに行けたこともあってか、
父の死を、
私は不思議なほど冷静に
受け止めることができていると思えました。

事務的に何人かに連絡をし、
古い友人にはメールで事実を伝えました。

一緒に生活していたわけではありませんから、
日常の風景は変わりません。

感情はフラットで、実に淡々としておりました。

こんなものかと思いました。

ところが、
友人から届いた手紙やメールを読んでいましたら、
ぽたりぽたりとが溢れ落ちました。

友人たちからの言葉で
「今私は悲しい、悲しんでいいのだ」
そう気付いたからです。

それからしばらく、
父を想って泣きました。

実家で唯一の理解者だった父。
私が県をまたいで転居してからも、
こっそり何度も遊びに来てくれました
(母に知られないよう、「こっそり」なのです)
入院してからは、
病院に行けばいつでも会えると、
そう思っておりました。

友人からかけられた言葉たちは、
私の中で麻痺しかけていた
「悲しみ」という感情を、
健全に取り戻させてくれたのでした。

このように、
相手の心情を察して言葉をかけたり
態度で示したりすることを、
「情動調律」と言うのだそうです

「情動」とは、
「感情のうちでも、喜び・悲しみ・怒り・怖れのように、
一時的で急激に引き起こされる激しく強い感情のこと」
(精神保健福祉用語事典より)

生きる上で非常に重要な感情と言えます。

幼い子どもは、
身近な大人に「情動調律」を繰り返ししてもらうことで、
自分の感情のあり方を学び
感情を共有してもらえることを知り
それが心の安定につながるのだと言われます。

泣いている子を「泣くな」と黙らせるのではなく、
「悲しいね」と抱きしめて
震える背中を撫でてあげればいい。

嬉しいことがあったなら、必要以上に
はしゃぎすぎをたしなめるのではなく
「良かったねー!」
一緒に喜んであげればいい。

ありがたいことに、
友人からの言葉たちは私の中に温かく染み入って、
本当の意味で父の死を受け入れるための、
心の準備を私に整えさせてくれました

人はいくつになっても、
どなたかに気持ちを解ってもらえることで、
次に進むエネルギーを蓄えてゆくものなのでしょう。



「薮入り」は叶いませんが、
父は私の中に生きていて、
いつでも思い出すことができる


父のお気に入りだった
銅のジョッキを二つ
冷凍庫に放り込み、
私はビールを買いに走りました。

キンキンに凍ったジョッキに、
冷えたビールを注いで献杯

「旨いねえ」(笑)

喉を鳴らして美味しそうに飲む父の笑顔が、
今ありありと浮かびます。





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プロフィール

michiko

Author:michiko
ACカウンセラー
精神保健福祉士(ハラスメント通報窓口相談員)
東京認知行動療法アカデミー認定カウンセラー

ホームページはこちら

 http://ac-counseling.net


 
・人にものを頼むことが苦手
・人の依頼や誘いを断ることが苦手
・主張するより周りに合わせる方を選ぶ
・自分が我慢する方がいい
・「こうしてくれればいいのに」といつも思うがうまく言えない
・自分の気持ちを汲んで欲しいのに、と強く思うことが多い
・そもそも自分がどうしたいのかよくわからない
・人を助けているうちに、自分が困った事態になっている
・困っていても自力で何とかしようとする
・仕事を一人で抱え込みやすい
・見捨てられるのが怖くて恋愛関係にまで踏み込めない
・恋人に対して必要以上に依存している、または支配していると思う
・誰も自分のことなど関心がないと思う
・周りの期待通りにしなければと思う
・もっと頑張らなければいけないと思う
・いつか裏切られるような気がする
・いつも不安で仕方ない
・相手の機嫌を自分が何とかしなければと思う
・相手の問題を本人以上にあれこれ考え世話をして疲れてしまう
・不機嫌な人がいると自分のせいではないかと思ってしまう
・怒りの感情を出さないので、よく「いい人」と言われる
・自分は楽しんではいけないと思う
・自分のためにお金や時間を使うことに罪悪感がある

 以上のことをこれまでの人生で繰り返してきた
 michiko

私はアダルトチルドレンです。生きづらさを抱えたまま大人になってしまいましたが、試行錯誤の末、今ではこれまでよりずっと楽に生きていると実感しています。
このブログが、少しでも楽に生きられるヒントとなれば嬉しいです。
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