自分への手紙 その2

おはようございます。ACカウンセラーmichikoです。
訪問くださりありがとうございます



前回の続きでございます。
自分を癒すために書いた、自分にあてた「手紙」、その内容の後編です。



あの方はこう続けました。

「人んちに来たなら、挨拶するのが礼儀だろ!」

「挨拶はしています」

「なんだと?てめえ、
 『お邪魔します』って言ってねえだろうが!
 この家の人間じゃねえんだ、
 一社会人として、あたりまえのことだろう!」


言葉は荒く、
理不尽な言いようです。
自身の高級外車や豪遊の尻拭いを
母にさせ続けているあの方に
「一社会人として」と批判されたことは
納得のいくものではありません。

ましてあの家はあなたの実家。
稽古や手伝いで週に何度も訪れてもいます。
「お邪魔します」という挨拶の必要性を
あなたは感じていませんでした。
私も全く同感です。

挨拶云々ということではないのでしょう。
あなた自身を完全に否定しようとしている相手を前にして、
あなたは恐怖に震えましたね。

自分が嫌われているのかもしれない。

それはあなたにとって大変な恐怖だったはずです。

それでもあなたはたは冷静に言いましたね。

「親戚の叔母さんは、
 『お邪魔します』なんて言ってない。
 それに私は、
 挨拶なら『こんにちは』と言っているし、
 子どもたちにも言わせています。
 こちらが挨拶してるのに、
 あなたはいつも無視しているではありませんか。
 社会人としてそれはどうなんですか」


こうして面と向かって意見したのは、
初めてのことでしたね。

気持ちを抑えて抑えて、
冷静に事実を述べたあなたは
本当に偉かったと思うし、
よく頑張ったと思う。

あなたの反論に面食らったあの方は、
叔母のことには触れずにこう言い放ちました。

「それはてめえと話したくねえからだよ!」

これが「一社会人」の発する言葉でしょうか。

今度は怒りに震えるあなたを私は感じました。
かっとしたあなたは
何か言い返してしまったかもしれない。

あの方はあまりよくない言葉を使って、
何か怒鳴っていたかもしれない。

過去に殴られた記憶が蘇り、
身の危険も感じたはずです。

それでも、
あなたは冷静さを取り戻し、
あの方の言葉に執着せずに
すぐ、その場を離れた。

これから稽古がある。
間もなくお弟子さんが来てしまう。
まだ、茶室の掃除をしていないし、
道具の支度もできていない。

とにかく一旦、仏間に向かった。

仏壇から菓子を下ろして
一つを懐紙に載せて供え直し、
残りを茶室に運ぶ。

唇を噛みしめて茶室を清拭きしながら、
あなたは涙を拭っていましたね。

怒りと悲しみで震える手で
抹茶を漉していたけれど、

やがて昔そうしていたように、
一生懸命口を横に広げて、
頬の筋肉を引き上げて、
必死に楽しいことを考えた。

程なくしてやってきたお弟子さんには、
先程までの動揺を
微塵も感じさせていなかったはずです。

感情にきっちりと蓋をして、
いつも通りお迎えして、
語らって、お菓子をいただいて。

恐怖と怒りと悔しさと悲しさと・・・。
複雑な感情を封じ込めて、
にこやかに稽古を終えたあなたの強さを、
私は今、誇りに思います。



これは、「自分への手紙」の
一部を編集したもので、
渦中の私を観ている
「もう一人の私」からの視点でしたためた
ものでございます。

「もう一人の私」は、
私の悩みや苦しみを共有してくれる良き理解者なのです。

この「手紙」を書き上げて、
何度も何度も読み返すうちに、
いつしか私の中に、
「自己肯定感」が芽生えてまいりました

そして「もう一人の私」は
言わば私のカウンセラーのような存在となり、
その後の私を大いにサポートしてくれるようになりました

「手紙」を書くということは、
その当時の辛い思いを
リアルに再体験することでもありますので、
精神的に大きな負担となることが。

ですので、事前に周到な準備を必要とします。
準備なしに行うことはおすすめできません。

実際私も、書いている途中でどうにもならないほど苦しくなり、
一旦止めて数日経ってまた書き足して・・
という過程を繰り返しました
たったこれしきのことで
こんなにも私は弱いのかと愕然としました。

けれども、
苦しみの度合いというものは、
他の方と比較するものではないと思うのです。

大切なことは、
傷ついたその感覚を
「こんなのは大したことない、
もっとしっかりしなければ」
と否定せずに、
適切に受け止める必要があるということ。

それにより、
少しずつ自己肯定感が高まって
傷を癒してゆくことができるんじゃないかなあ

前回お伝えした通り、こうしてリアルな
「手紙を書くこと」はむやみに手を付けるものではないのだと思います。
でもいつか心の基礎体力が調って、
やってみようかなと思える時が訪れたら、
こんな方法がしっくりくるかも知れません。




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自分への手紙 その1

おはようございます。ACカウンセラーmichikoです。
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傷ついた過去を振り返る作業としてよく使われるものに、
「自分に当てた手紙」というものがございます。

その方により、取り組むタイミングが違いますし、
事前に周到な準備を必要とする場合もあります。
ですので、
むやみにおすすめするものではありませんが、
いつか取り組む機会を得られたときの
ひとつの参考にしていただけたらと思い、
今回はこれを記事に致しました

以下は、私が自分にあてた手紙の「一部」であり、
全体を、緩やかな表現に
書き改めたものではありますが、
私が、自分自身を癒してゆく目的で取り組んだ
忘れられないワークの一つでございます。
今回は前半です



あの日は稽古の日でしたね。
自宅の晩ご飯の支度をして、
洗濯物を始末して、
髪をまとめて着物を着つけて。
あの家に着いたのは夕方の六時を過ぎていたはずです。

「こんにちはー」

いつも通り、声は明るく元気よく。
けれども返事はありません。
これもいつも通りです。

玄関の引き戸を開け、
たたきから上がって廊下を曲がると、
居間のソファにあの方が座っているのが見えましたね。

彼はこちらを振り向くこともせず、
背を向けたまま無言でテレビを観ていました。

あなたが挨拶をしてすぐそばを通っても、
微動だにしないその後ろ姿を、
私はよく覚えています。
聞こえていないはずはないのにね。

仏間に菓子を供えてから、
あなたは一番奥の茶室へ行きました。

雨戸を開け、炉脇に釜を上げました。
炭を入れる準備です。
場所代として毎月月謝の一部を払ってはいましたが、
あなたは節約に努めていましたね。
だから新しい炭は使わないのですよね。

「火消し壷」から
使えそうな炭を二つ三つ取り出して、
「火おこし器」に移し、
居間続きの台所のコンロに、
火おこし器をかけました。

あなたは一旦その場を離れ、
玄関をざっと清めて水を打ちました。

いつも通りの手順で手際よく。

けれどもあまり長い時間
火のそばを離れてはいられません。
小走りで移動、火おこし器のコンロを消し、
茶室へ炭を入れに行きましたね。

片付けたらその手で今度は釜を持ち、
再び台所へ。
釜を傷めないように
釜底に少し水を入れてから
ぬるめに沸いた湯を足します。

まだまだ茶室の準備は終わりません。

七時過ぎに稽古を始めるためには、
やらなければならないことが他にも沢山ありますから。

湯の入った重い釜を
あなたは慎重に持ちながら
台所から一番遠い茶室へ運び、
炉に釜を掛けたところで
ドスのきいた大声がしました。

「おいーっっっ!!!!」

あの時のあの家には、
あなたの他には一人しかいません。

何事かと慌てて居間に戻ると、

「てめえ換気扇つけっぱなすんじゃねえよっ!!!」

あなたは換気扇を消し忘れていたのです。
いつもは完全無視のあの方の
荒い語気に恐怖を感じながらも、あなたは

「あっ、ごめんなさい」

そう言って換気扇を消しました。
「てめえ」と呼ばれて
あなたは穏やかな気持ちではなかったはずです。

「恐怖」の記憶が蘇ります。
自身の存在が、
あの方を怒らせてしまったのではないかという
恐怖です。

そこを刺激するかのように
彼は続けましたよね。


次回に続きます



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罪悪感 その2

おはようございます。ACカウンセラーmichikoです。
訪問くださいまして、ありがとうございます


前回の続きでございます(*´ω`)┛

「罪悪感」というちょっと面倒な感情。
ずっとさいなまれてまいりましたが、お陰様で整理がつき、概ね解決していた感情でした。

それが、少し前に手にした本(「大人のための「困った感情」のトリセツ」水島広子著 大和出版)により、
私は再びこの感情について考えるようになりました

本には「罪悪感は自己中心的な感情」とあります。

自己中心的!?


理由を読んで納得しました。

罪悪感は、
「相手にとって何かの役に立つものでも、相手を幸せにするものでもない」。

・・・うーん。。。。

その通りだと思いました。

「罪悪感」は未来に生かすための「反省」とは違って、
過去に縛られ続けてしまうもの。

どんなにさいなまれてみても、
結果は変わりませんし、
相手に利益をもたらしません

あくまでもそれは
自分に向かっている否定感の塊ですので、
相手はおろか、自分にとっても利益になることはなさそうです。

ヽ( ̄д ̄;)ノ

私は基本的に、マイナスの感情については特に、
しっかり味わうことにしています。

丁寧に味わうことで
その感情の意味を考えることができ、
その結果、
押しつぶされそうな大きな塊だったものが、
扱いやすくサイズダウンできると知ったからです

ですが「罪悪感」については、事情が違いました。
「味わう」のには、強烈すぎて、厄介な感情だったのです
サイズダウンは困難でした。

更に困ったことには、
気が付くと近付いてしまっていて、
どっぷりと浸かってしまっている。
そして、
過去の自分に対する強烈な否定感により刺激をうけた思考が、どんどん私を攻撃してくるのです。

あの時の私は、なんて罪深いことをしたのだろう

(ノ_<)

過去の事象によっては逆に、
不自然なほど、
自分の正当性を訴えようとしてしまう。

聞いてください、あの時の私はこんなに正しいことをしたんですっ

(」゚ロ゚)」(」゚ロ゚)」(」゚ロ゚)」


どちらも苦しい負荷がかかりすぎてしまい、大変なエネルギーを奪います。


こうしたことを考えますと、
「罪悪感」は、
自虐的な感情
だと私は思うのです


感情には色々な役割がありますが、
著書によれば、「罪悪感」の役割は、
「相手を思いやれていないというサイン」

それは
「自分を思いやれていない」ことにもなるように思います。
注意は自分に向いているけれど、自分のケアにはなっていない。

自分自身への思いやりをも欠いてしまった、
自虐的な感情
私はそう思い至ったのです。


ご自身をいじめるのは、もう、お止めになったほうがいい。

だから、「罪悪感」は
必要以上に感じようとしなくていい
と思うのです

ただ、知っておいて頂きたいのは、

そんな自虐的な状態に自分を置かなければならないほど、
過去のその選択は、
あなたにとって、
辛くて苦しかったのだ、
ということ。


けれどもその選択は、
その時できることの中で
ベストを尽くした結果だったのだ、
ということ。


あなたのその選択によって、
きっと最悪の事態は避けられた


(´ω`人)




とはいえ「罪悪感」も感情ですから、
自然にわき起こってしまうのは仕方ありません。

もし「罪悪感」を抱いてしまったのなら、
「自己肯定」のイメージを持っておかれると、
ある程度のところで上手に切り上げられるかも知れません。

大切なことは、
当時最善の選択をしたご自身を、
「よくやった」という思いで肯定しておくこと
だと思うのです。


・・・ここで、あくまで私の中にある、
ごく小さな感じ方をつぶやいてみると、、、

例えば母が、michikoには悪いことをした、
と「罪悪感」を持ってくれているとしたら、
結果が変わるわけではないけれど、
私はちょっとだけ、
ほんのちょっとだけですが、、、

、、、救われた気持ちになるかもしれない。


・・こう考えてもしまう私は、
やっぱり立派なACということなのかなあ
(」*´∇`)」



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罪悪感

こんにちは。
ACカウンセラーmichikoです。
訪問くださいましてありがとうございます

このところ「罪悪感」について再考しております。

ACであると自覚してからの私は、
いろいろな感情について考えることにより、その重さや印象が少し変化しました。
うーん、、、変化、というより、
「感情」に対して抱く感情が深まり、
役割や扱い方を自分なりに考えるようになったと言う方が正確かも知れません

いわゆる「腑に落ちる」感覚を得られるまでには、
ずいぶんと時間がかかってしまいましたし、まだ途上の感情もございます。
でも、以前に比べますと、遥かに楽に感情を味わうことができるようになりました。

ただ「罪悪感」は大変手間取った感情の一つでした。

それは、私にしっかりと刷り込まれてしまった、こんな癖のためだと思います。

何か良くないことが起こったり、誰かが不機嫌だったりすると、
「自分のせいでは?」と考えてしまう。
「自分の選択は間違っているのでは?」と不安を抱いてしまう。

特に、数年前、母との関係を断ったことについては、
考え抜いて自分で決心したことにもかかわらず、
私は大変な親不孝者なのではないだろうか
そんな思いが消えず、ずっと罪悪感に苛まれていました。


「罪悪感」・・道徳、法律、宗教や社会習慣などにそむく悪い行いを、自分がしたと思う気持ち(三省堂国語辞典)。

「自責の念に駆られる」、
「良心の呵責(かしゃく)に悩む」、

なども意味としては近いと思います。

そうした、どこかチリチリと痛むものを感じながら日々過ごし、
母が絡む何かしらの問題に巻き込まれては、かつてと同じかそれ以上に傷つく。

「ほら、結局こうなる。断って良かったんです」

その度に思い直すのですが、
しばらくするとまた「チリチリ」を感じることの繰り返し。

(´・_・`)

人の持つ「元に戻ろうとする力」
神秘に満ちた強さがあると感心しますが、
それは感情や思考でも同じことなのかと愕然とすることもありました。

何とかしたいと思っていた頃参加した、水澤都加佐先生のセミナーで、
私は勇気をもって(!)質問してみました

「罪悪感はどう処理したら良いのでしょうか」(´・Д・`)ノ

先生はおっしゃいました。

「あなたが選択したことは、
その時最善の策だと思ってやったことだとは考えられませんか」



丁寧に当時の記憶をたどると、
そうするしかなかった
という考えに行き着きました。

その後しばらくの間あれこれ考え、
お陰様で自分の中では「概ね」解決することができたと思っています。
そして、少し離れたところから、「罪悪感」を鑑賞できているようにも感じています。
最近は、「罪悪感」そのものをしばらく忘れていたかもしれません。

それが先日、
書店で偶然手にした一冊の本(「大人のための「困った感情」のトリセツ」水島広子著 大和出版)により、
またまたこの面倒な感情に興味を持ってしまいました

著書にはなんと、
「罪悪感は自己中心的な感情」とあります。

 

そんな風に捉えたことは一度もありません。
ちょっと衝撃でした。

興味を持って再び考えてみた結果、
私がどのような考えに思い至ったのか、
それは、えーと、
次回の記事でまとめさせていただきます
(*´ω`)


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プロフィール

michiko

Author:michiko
ACカウンセラー
精神保健福祉士(ハラスメント通報窓口相談員)
東京認知行動療法アカデミー認定カウンセラー

ホームページはこちら

 http://ac-counseling.net


 
・人にものを頼むことが苦手
・人の依頼や誘いを断ることが苦手
・主張するより周りに合わせる方を選ぶ
・自分が我慢する方がいい
・「こうしてくれればいいのに」といつも思うがうまく言えない
・自分の気持ちを汲んで欲しいのに、と強く思うことが多い
・そもそも自分がどうしたいのかよくわからない
・人を助けているうちに、自分が困った事態になっている
・困っていても自力で何とかしようとする
・仕事を一人で抱え込みやすい
・見捨てられるのが怖くて恋愛関係にまで踏み込めない
・恋人に対して必要以上に依存している、または支配していると思う
・誰も自分のことなど関心がないと思う
・周りの期待通りにしなければと思う
・もっと頑張らなければいけないと思う
・いつか裏切られるような気がする
・いつも不安で仕方ない
・相手の機嫌を自分が何とかしなければと思う
・相手の問題を本人以上にあれこれ考え世話をして疲れてしまう
・不機嫌な人がいると自分のせいではないかと思ってしまう
・怒りの感情を出さないので、よく「いい人」と言われる
・自分は楽しんではいけないと思う
・自分のためにお金や時間を使うことに罪悪感がある

 以上のことをこれまでの人生で繰り返してきた
 michiko

私はアダルトチルドレンです。生きづらさを抱えたまま大人になったけれど、今までよりずっと楽に生きています。楽に生きる方法を、カウンセリングを通じてお伝えしています。

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