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処分と保留

ACカウンセラーmichikoでございます。
訪問くださり、大変ありがとうございます





やらなければと思いながら
あれこれ言い訳をして先延ばしにしていた
季節の衣類の入れ替え

先日ようやく、ある程度整えることができました。
いつものことですが、少々時間がかかりました。

私はいつも、
先ずは冬物衣類の始末から手を付けます
次のシーズンの要・不要を判断しながら、
少しずつ手入れし片付けてゆきます。

そうしてスペースを空けてから、
夏物を出すようにしているのですが、
「不要」を決断することは、
ちょっと勇気が要ることだったりします

シンプルにすっきりと暮らしたいですし、
限られたスペースを有効に活用したいので、
新しいものを購入したら、
同じ数だけ古いものを処分することは、
日頃積極的に行なっております

主人は躊躇なく何でもどんどん処分するタイプ。
ですので主人と買い物をしたあとは
もう確実に「処分」しております。

・・・しているのですが、、、  

「不要」の決断には、
ちょっと勇気が要るのです

それに
数日かけて行う衣類の入れ替えは、
新しいものを購入した時のように
テンションが高いわけでも、
主人の目が光っているわけでもありません。

もしかしたら使うかもしれない
災害時に便利かもしれない

未来のことだけではございません。

そうそう、この間はあの服がなくて困ったんだった

ついには過去の出来事にまで思いが及び、
処分したことを後悔した日のことまで
執拗に思い返す始末

心配することが大変得意なものですから、
あれこれ考え出すときりがなく、
作業の手が止まってしまうのです。

んー・・・・・。
どうしてなのかなあ



きっと私には、
持っているものを失うことに対する、
「恐れ」が根底にあるからなのかもしれません。

現状維持なら落ち着くけれど、
失うという「変化」を受け入れることに、
きっと私は抵抗がある

「現状」が良いわけではないと
解っているにもかかわらず、
そこにしがみつこうとしてしまうのは

危険から身を守ろうとする
「防衛本能」が働くからだといわれます。

たとえ今まで良い状態ではないとしても、
どうやら人は、
それまでの慣れ親しんだ行動に
安心を感じてしまうもののようなのです

「防衛本能」は、
かつて人が生きてゆくために重要で
必要不可欠なものではありましたが

今の時代を生きる私たちにとって、
その全てが役に立つものではなく、
逆に生きづらく作用してしまうものもあるようです。

ですので、
役に立ちそうもないものは、
勇気をもって「処分」したほうがよさそうです

何だかACの方の課題そのもののような気がいたします

子ども時代には必要だったスキルが、
大人になった今も引き続き必要とは限らない

また、
必要以上の不安や心配を感じてしまうのは、
気持ちが「現在」にないからだと言われます。

未来のことや過去のことに気持ちがいってしまうと、
発生するのは、「不安」や「心配」、そして「後悔」

今の私は「すっきりと暮らしたい」のです。

それならば、
「現在」にしっかりと気持ちを置いて、
何が必要なのかを見極め、
不要な衣類は、
勇気をもって
処分しなければなりません

よし!気持ちは固まりました(´∀`*)


・・とはいえ実は、、、

どうしても判断に迷うものがいくつかあり、
こっそりクローゼットの片隅に、
吊るしたままにしております

「保留」という
便利な考え方でございます。

・・こんなものです
言い訳をするようですが、
決めかねることについては、
「保留」であっても良いんじゃないかなあ
そう私は思うのです。

加えて、このことは、
主人には内緒でございます
ヽ(´∀`)ノ




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神話

ACカウンセラーmichikoでございます。
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「残す人って、自分の管理が
きちんと出来る人なんだなって思う」


カフェでアルバイトをする娘が、
こんなことを申しました。

そのカフェでは簡単な食事も提供していて、
食べ残しの片付けをするとき、
そう思うのだそうです。

「うん、そうだと思うわ」と私。

廃棄する食べ物の量の多さを批判される日本。
何という不謹慎な!と、ご立腹された方、

親(・・わたくしでございます)も親だし、
しつけもまるでなっていない!と思われた方、

ごもっともでございます
ご不快な気分にさせてしまいまして、
申し訳ございません

一応私も、娘たちが幼い頃には、
お茶碗に残ったご飯粒を許しませんでした。

「お残しはいけません。
好き嫌いはいけません。
どれほど沢山の人の手がかかっているのか、
そのご苦労を考えなさい。」


キレイに平らげることを
美徳とし育てて参りました

それが
絶対的に正しい
そう信じていたのです。

ところが数年前から、
それは
必ずしも「絶対」ではないと思うようになりました。

きっかけは、
メンタルの調子が整わなくて
身体の消化機能がうまく働かず、
一度に沢山頂くことが難しくなったことです。

無理して頂けば、
必ず吐き気や消化不良を起こします

お付き合いで食事をすることは恐怖でした

量を調整できる場合は、
びっくりされる程
少なく取り分けてもらうことで自己防衛

「そんなちょっとでいいのー!?」
と引かれてしまうことも

調整ができない場合には、
無理して平らげ
帰路でトイレに駆け込むことになりました

食欲旺盛でキレイに美味しそうに完食する方は、
見ていて本当に気持ちの良いものです。

でも、そうしたくても、
頂けないのです

心の緊張は驚くほど身体に影響します。
体調が悪いときは、無理する必要はありません。

小食の友人がいて、
彼女との外食は気が楽でした。

よく観察すると、
店内には他にも残す方はいらっしゃる

丁寧に隅によせて残すなど、
私も無理をしないようになりました

そう言えば小学1、2年生くらいのころ
給食を食べきれず、
居残りさせられたことが何度かありました。

三月生まれの私は
背の順でも前から二番目、
どうにも量が多すぎたのです

アルマイトの食器に盛られたおかずは、
どんなに頑張っても一向に減らず、
一口ごとに牛乳で何とか流し込みました。

どこからかやってきたKくんとSくんにからかわれ、
半べそをかきながら格闘した記憶が(笑)

食べ物の大切さを学ぶことや、
好き嫌いをなくすためのしつけの一貫として、
当時給食の居残りは珍しくない時代でした。

「残してはいけない」という「神話」に、
縛られていた側面もあったのかもしれません。

もちろん、そうした「神話」があるからこそ、
人は自らを律することが出来、
節度やマナーを身に付けることができるのでしょう。

でも、「神話」に縛られすぎることは、
時に自分を必要以上に追い込んでしまう。

「母親神話」、「三歳児神話」、「安全神話」・・・
私たちの周りには、色々な「神話」がございます。
その「神話」は決して永遠のものではなく、
そこにとらわれすぎる必要は無いと思うのです。

その時々で、柔軟に対応する
あるいは、思い切ってそこから離れてみる

それでいいんじゃないかなあ

大切なことは、
「自分自身を守ること」
そう私は思うのです。

かつて「神話」を取り込んでいたはずなのに、
いつの間にか冒頭の考えを持つようになった娘を、
何だか少し、頼もしく思いました
・・しつけの出来ていない親でございます

「神話」:かつて絶対と信じられ、脅威の的とさえなっていた事柄。
(現在は俗言に過ぎないという観点で用いられる)
―三省堂国語辞典より―




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備え

ACカウンセラーmichikoでございます。
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知人に、東洋医学にちょっと詳しい方がいらっしゃいます。
その方のご両親は共に医師。
幼い頃から、
東洋医学のエッセンスを取り入れた生活をしてこられたので、
実践的な知識がとっても豊富なのです

私が特に興味深く感じたのは、
東洋医学では、
冬には春夏の準備をし、
夏には秋冬の準備をする

という点です

冬は冷え等を、
夏は体温調節等をといった、
季節に応じた身体の器官の役割を、
その季節が来る前に、
時間をかけて調えておくというのです。

調えるために使われるのは天然の食材。

特に血流と「腎」「肝」の働きは重要だそうで、
しょうがやゴマ、クコの実といった、
いかにも身体に良さそうな定番食材から、
とうもろこしのお茶やお豆、
瓜系の食材等々、
季節によりチョイスして
日常的に摂っていらっしゃいます。

必要とする時に
必要なものが
きちんと機能するよう、
予め備えをしておく、
ということ

当たり前のことと思いがちですが、
実はとっても難しい

私たちは毎日が忙しく
目の前の問題を片付けることで
いっぱいいっぱいだったりします

いざ問題に直面すると、
とりあえず即効性のあるもので
対症療法を施すしかありません。

緊急事態においては、
対症療法は必要不可欠だと思いますが、
それだけに頼っているのでは、
何かと負担がかかり、
あちこち歪も生じてしまいそう

何より根本の解決にはなりません。

問題の根本に
時間をかけてじっくりと手入れをする。

長期的に考えますと、
そうしたほうが
楽に生きるための近道のような気がいたします。

その方とお話をしていると、
私自身の日常のあり方を、
あらためて見直す良いきっかけを頂けるのです

かねてから勉強している認知行動療法でも、
日常的なトレーニングをとても大切にします

そして、うつ病等の予防再発防止
大変有効であることが、立証されてもいます。

以前の記事→
http://accounsellor.blog.fc2.com/blog-entry-85.html
でお伝えした呼吸についても、
緊張する場面で私が上手く活用できたのは、
日常的に練習をしていたからなのだと思うのです。

もし練習をしていなかったら、
型どおりやってはみても
効果を得られないことに焦ってしまって、
緊張はマックス状態になっていたことでしょう

そういえば、
長女を出産した時に、苦い経験がございます。

陣痛促進剤によるあまりの痛みに、
パニックに陥ってしまった私は、
保健所の講習で習ったきりの
「呼吸法」とやらを真面目に必死にやりすぎて、
過呼吸を起こしてしまいました。

出産時の「呼吸法」について、
形式的に手順を知ったという程度でしたから、
必要な場面での活用が
全く出来なかったのです

痛くて苦しくて息を吸い過ぎ更に苦しくなり、
次第に指先がしびれて硬直し、
さらに過呼吸が加速して、、、、、
冷静な判断ができなくなってしまいました。

普通の状態でいるときのトレーニングは、
小さなことであっても、
少しずつ積み重ねておくことが、
後に大きな助けとなる。

そして、
普通の状態の余裕ある気持ちが、
より質の良い
「備え」をもたらしてくれるのだと思うのです

千葉でも先日、何と雪が降りました
春夏を見据えた「備え」を、
少し私も意識してみようかなあ





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幻影の鎖

ACカウンセラーmichikoでございます。
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以前の記事でも触れましたが、
鎖につながれたサーカスの象の寓話を
ご存知の方も多いかと思います
時々私はこのお話を思い出すのです。
    
    

生まれて間もないころからにつながれたサーカスの象。
は小さな木の杭につながれていて、
幼い象の力では、
どう頑張ってもそれを外すことができません

非力を思い知らされた象は、
やがて逃げることを諦めます。

その象は成長しても、
ずっと同じ杭にでつながれたまま。
決して逃げようとはしません。

身体は大きく十分な力もあります。
を杭ごと外すことなど
簡単にできるはずなのに。

    

逃げようとしないのは、
かつての体験による
「思い込み」がとっても強いからだと考えられます。

何回やってもダメだった。
自分にその力は無いのだ。
出来るはずなどないのだ。

 (´・_・`)

大人になっても
自分は無力だと信じ込み、
木の杭ごと引き抜こうという考えすら
思いつかなくなってしまう

備わっっている能力を、
発揮することも
感じ取ることさえも出来なくさせるほど、
置かれた環境により刷り込まれた
「思い込み」は強烈で根深い

ACの方には、
思い当たることがおありだと思います
私にも、山の様にございます

例えば私には、結婚するにあたって、
親から告げられた条件がございました。

細かい事情は割愛しますが、
親戚一同の前でこう言い渡されたのです。

michikoは、
相手の姓でもこの家の姓でもない、
母方の祖母の姓を継げ


  (゚△゚;ノ)ノ

特に名家というわけでもございません
今思えば、全くもって乱暴な話です。

こんなものは無視してしまえば良かったのですが、
当時の私にはそのような発想はありませんでした。

ただひたすら、
その通りにすることだけを考えて、
それは真剣に思い悩みました

夫婦養子?
夫婦別姓?

四半世紀以上前のこと
現在ほどライフスタイルや価値観が多様化してはいない時代です。

その頃お付き合いしていた方を、
はとても大切に思っておりましたが、
言い渡された姓の問題は
とてつもなく大きな障害となって、
じわじわと私を追い詰め脅かしました

私も
「家」という鎖につながれた
「サーカスの象」だったのです。

私にとっての「家」=「母と兄」
これは絶対でした。

そこから逃れることはできません。
命じられたことは与えられた「任務」として、
確実に遂行しなければならない。

悩んだすえ、お付き合いしていた方に、
勇気をもって説明しました。

繰り返しますが、
まだまだ昔ながらの価値観が中心だった時代です。

相手の方の答えは
案の定「NO」でした

予想通りとはいえ、
若かった私は、ひどく落胆しました

けれども、
だからと言って、
「任務」を放り出すことが、
当時の私には出来なかったのです

例によって、表向きは
「大したことではない」
「全然気にしていない」

風を装いました。

けれどもその後、
素敵な体験であるはずの当時の恋愛を
少しずつ悲観するようになり、
どこか純粋なものではなくなっていったように思います。

もしあの頃
「鎖」を外すことが出来ていたなら、
想像を超えた困難を伴うことになったとしても、
もう少し早く、私は
自分の人生を生きることが出来ていたのかもしれません。

   

多分私には複数の「鎖」があり、
それぞれに小さな「杭」が打ち込まれておりました。

無能で非力だと思い込んでいたために、
長い間、何も手を打つことができなかったのは事実です。

けれども、今はこんな風にも思うのです。

その鎖と杭のいくつかは、
私自身がつくりあげてしまった
幻影だったのかもしれないなあ、と。

 

今私は、主人の姓を名乗って、
自分らしく生きています





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そのままでいい

おはようございます。
ACカウンセラーmichikoでございます。
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―こんな自分はもう嫌。自分を変えたいです―。

カウンセリングや相談において、多くの方がそう仰います。

かつての私も自分の性格を変えたい一人でしたが、
面倒なことに少々ひねくれておりました

実は「変えたい」と思っているのに、
そう思うこと自体がとっても惨めなことのような気がして、
変えたい気持ちをひた隠しにしていたのです

その裏には、
癒されないまま放置された深い傷つき体験が、
山のようにあるのだと知ったのは、
つい数年前のことです

・・・冒頭のお話に戻りますが、
「ご自身を変えること」について、
必要以上こだわらなくてもいいんじゃないかなあ

そう私は感じています。

一般的に、
「他人を変えることはできないから自分自身を変えればよい」といわれます。

あれこれ働きかけてみても、
他人さまの意志を操作することは殆ど不可能
意のままにならないことは
心理的な負担にもなります。

けれども自分のことならば、
他人さまのそれと比べたら、遥かに操作はし易いもの

内容にもよりますが、
自分自身の意識によっては
何らかの変化をもたらすことはできそうです。
強い意思を持てば継続や習慣化も可能でしょう。

けれども私は、
本当の意味で「自分を変える」ことは、
とっても難しいことなんじゃないかなと思います

考え方には根本の「核」となるものがきっとあるはずです。

それは、
その方の育った家庭環境
時代や地域性の他、
経済、文化、教育、友人関係などなど
様々なものが複雑に絡み合い、
深く大きく影響していて、

そうした「刷り込み」の上に
その方の考え方は成り立っている。

簡単に変わるはずなどないと思うのです。

ある方は、
与えられた環境が
ご自分にとって少しでも快適なものとなるように、
その「術」にたどり着き、
頑なに信じて精一杯「磨き」続けてこられた。

それは良いとか悪いとかジャッジするものではなく、
ご自身が「生き延びるため」
何十年という時間をかけてスキルアップしてこられたものなのです。

その結果、
誰に何と言われようと
決して動かすことのできない
核となる「信念」が出来上がった

でしたら、、、
そのままでいいではないですか

貴方は、基本的に、
そのままでいいと思うのです

その「信念」は、
大切なかけがえのない貴方の魅力の一部を形成するものでもあるはず。

貴方を助け、
どなたかを魅了し癒し慈しまれ、
あるいは信頼される要素の一つにもなっているのだと思うのです。

大切なことは、
今貴方が、その信念によって、
何らかの不便を感じているのか否かということ

かつてのあの時代には、
それによって助かっていたのかも知れません。

けれども、もし今、
それが原因で気持ちに波が立ってしまったり
大切な人を傷つけることになったりして
何らかの支障を来しているとお感じになっているのなら、
それはきっと思い違いではない。

繊細な貴方のその感覚は、
信用していいと思うのです

その上で、
どうすればいいのかなとちょっとだけ、
お考えになってみるのはどうでしょう。

繰り返しますが、
ベースは今のままでいい

ただ、ほんのひと手間、
工夫をしてみれば良いのだと思うのです。

「変える」ことは
これまでのあり方を否定することになりかねない。

そして否定されることは、
他者からであっても自分自身に対してであっても、
非常に受け入れ難いこと

場合によっては、
ご自身を守るために、
強固な壁をもって徹底的に拒絶してかかるでしょう。

けれども、
これまでのあり方を認めた上で、
ほんのちょっとだけ、
「プラスアルファする」ということならば、
受け入れるハードルはぐぐっと下がると思うのです

そして、
新たなスキルを身につけられた生き方は
きっと、貴方をより魅力的に見せてくれるんじゃないかなあ
そう私は思うのです。





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プロフィール

michiko

Author:michiko
ACカウンセラー
精神保健福祉士(ハラスメント通報窓口相談員)
東京認知行動療法アカデミー認定カウンセラー

ホームページはこちら

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・人にものを頼むことが苦手
・人の依頼や誘いを断ることが苦手
・主張するより周りに合わせる方を選ぶ
・自分が我慢する方がいい
・「こうしてくれればいいのに」といつも思うがうまく言えない
・自分の気持ちを汲んで欲しいのに、と強く思うことが多い
・そもそも自分がどうしたいのかよくわからない
・人を助けているうちに、自分が困った事態になっている
・困っていても自力で何とかしようとする
・仕事を一人で抱え込みやすい
・見捨てられるのが怖くて恋愛関係にまで踏み込めない
・恋人に対して必要以上に依存している、または支配していると思う
・誰も自分のことなど関心がないと思う
・周りの期待通りにしなければと思う
・もっと頑張らなければいけないと思う
・いつか裏切られるような気がする
・いつも不安で仕方ない
・相手の機嫌を自分が何とかしなければと思う
・相手の問題を本人以上にあれこれ考え世話をして疲れてしまう
・不機嫌な人がいると自分のせいではないかと思ってしまう
・怒りの感情を出さないので、よく「いい人」と言われる
・自分は楽しんではいけないと思う
・自分のためにお金や時間を使うことに罪悪感がある

 以上のことをこれまでの人生で繰り返してきた
 michiko

私はアダルトチルドレンです。生きづらさを抱えたまま大人になったけれど、今までよりずっと楽に生きています。楽に生きる方法を、カウンセリングを通じてお伝えしています。

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